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どれを読んでも笹塚さん
零れ落ちた言葉
柔らかな春の夕日の光を瞼越しに感じ、笹塚は自分が眠ってしまっていたことに気付き飛び起きた。
きちんと掃除された部屋は自分以外の気配を感じず、身体を起こしずっと笹塚の身体をあたためてくれていたらしき毛布に視線を落とす。
名前がかけてくれたに違いない。

珍しく休みが合った今日、名前が嬉しそうに計画を立てていたことを思い出す。
映画を見に行って、お買い物に行って、一緒にご飯を食べよう、そう言って遊園地に行く前の子供のようにはしゃいでいた。
それなのに、名前が支度をしている最中、春の空気が、名前と居る居心地のよさが笹塚の眠気を誘った。
少しだけ、と目を閉じ、そのまま長いこと眠ってしまったらしい。

しまった、と笹塚は頭をかく。
名前はきっと怒ったりはしない。拗ねたりもしない。だから気をつけていたというのに。
自分の身体を心配して、ゆっくり休んでほしいからと家に来る回数を減らされたら、と考えて笹塚の眉間に微かに皺が寄る。
別に名前が来なくても困らない。
困らないというのに、心はそうでないから困るのだ。

のそりと起き上がり、煙草を掴んでベランダに出る。
遠くにポツポツと浮かぶ桜の淡い色を瞳に映しながら煙草に火をつけるでもなくベランダの柵に体を預けた。
しばらくそうしていると、道の向こうから大きな買い物袋を下げた名前が歩いてきた。
ベランダに居る笹塚に気付き、顔を綻ばせ大きく手を振ってくる。
その無邪気な表情に笹塚も自然と笑みが浮かんだ。

名前が帰ってきたら何と言って迎えようか。

ごめん。
ありがとう。
お帰り。

どれもしっくり来ないなと、結局火を点けなかった煙草を箱へとしまい、笹塚はベランダからゆらりと玄関へと向かう。
コツンコツンとヒールがコンクリートを叩く軽快な足音。

「ただいまー!」

元気良く、名前が帰ってきた。
笹塚のぼやけたような瞳に、くっきりと名前の姿が映される。
綺麗に化粧して、洒落た服を着て、滅多に履かないヒールの靴。
しかし手にはスーパーのビニール袋。でも名前は笹塚を見てにこにこしている。
自分は愛想を尽かされてもおかしくないことばかりしているというのに。

「愛してる」

思わず零れ落ちた言葉に、名前だけでなく笹塚も驚いた。
名前は目をまん丸にした後「寝ぼけてる?」と優しく笑う。

「んー…寝ぼけちゃいねーと思う」
「なにそれ」
「口が勝手に動いた」

名前の持っていた荷物を持つ笹塚に、ありがと、と言って名前は伸び上がってキスをしてきた。




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