[携帯モード] [URL送信]

どれを読んでも笹塚さん
どうしてこうなるの
「乗って」

囁くように紡がれる衛士の小さな言葉に、内心泣きそうになりながら助手席へビクビクと乗り込んだ。
助手席のドアを閉めた衛士はそのままぐるりと車の前をまわって運転席へ乗り込んでくる。
外は真昼間で事件現場を覗く野次馬や警察関係の人で賑やかなのに、私達の間の空気は触れたらバチッと静電気が発生しそうな、そんな緊張感を孕んでいた。

「…説明してくれる?」

何処かへ行くために車に乗り込んだわけではないので二人ともシートベルトはしない。
衛士は静かな動作で懐から煙草を出すと、少しだけ窓を開けて煙草を吸い出す。
私は膝の上に置いた両手をぎゅっと握り、思い切って衛士の方を向いた。
衛士は、呆れているような楽しんでいるような、それとも怒っているような疲れているような、いつものぼやっとした表情の中にいくつもの感情を浮かべている。

「現場での衛士の話をいつも弥子ちゃんから聞いてて、どんな風にお仕事してるか実際に見たかったの。ごめんなさい」

仕事中の衛士をずっと見てみたいと思っていた。
今日たまたま弥子ちゃんの事務所に遊びに来ていた時に舞い込んできた事件。
すぐに現場へ向かおうとする脳噛さんと弥子ちゃんに自分も連れて行ってほしいと頼んだのだ。
遠くから衛士の姿を見るだけでいいからと。
そうしたらどうだろう。
捜査に協力したいと申し出た脳噛さんと弥子ちゃんだったけど、衛士が現場に入ることを渋った為に、脳噛さんは私を衛士の前に引っ張ってきたのだ。
目を見開いて驚く衛士に申し訳なく思い偶然通りかかったふりでもしようと思ったのだが、脳噛さんの手は私の肩をがっしりと捕まえて離してくれなかった。

“ほら、こうして笹塚刑事の愛しの恋人である名前さんも早く事件を解決して欲しいと心配していらっしゃいますよ”
“先生は普段から恋人が欲しくても誰も寄って来ない鬱憤を推理で解消しているようなものですからね!この事件もあっという間に解決してしまうことでしょう!”

キラキラ輝くような笑顔で、脳噛さんはそう言った。
弥子ちゃん、顔が引きつってた…。そして私も引きつった。
だって衛士に見つからないようにそっと陰から見てる予定だったのだから。
そしてこうして車に連れ込まれ、尋問開始というわけである。

「まだ犯人、捕まえてねーんだよ」
「…はい」
「現場で捜査してる俺達見てニヤついてるかもしんねーし、次のターゲットを探して近くをウロついてる可能性だってある」

ふーっと煙草の煙と深い溜息を吐き出して、衛士は左手から右手に煙草を持ち替え、そして空いた左手で私の肩を抱き寄せてきた。
突然のことに私は驚き、引き寄せられるまま衛士の肩にもたれかかる。

「…頼むから心配させねーでくれよ」

衛士は私のことを呆れているでも怒っているでもなく、ただ心配していただけなんだと、その口調でわかった。
ほっとすると同時に罪悪感が湧き上がる。

「ごめんなさい、本当に。衛士達はみんな真剣にお仕事してるのに…軽率でした」
「わかってくれればいーよ。俺の傍にくっついてりゃ守ってやれるんだけど、そういうわけにもいかねーからな」
「うん。私のかわりに弥子ちゃんを守ってあげてね」
「弥子ちゃんにゃあの助手が居るだろ、あっちは俺が居なくても大丈夫だ」
「ああ、そっか」

衛士が灰皿に煙草を押し付けるのと同時に「じゃあ私、帰るね」と言ったら「もう?」とちょっと悪戯っぽい顔で言われ、二人の間の空気が完全にいつもの緩やかなものに変わる。
身体を起こして衛士から離れると、ちょっとだけ寂しそうな顔になった。
そんな顔を見せてくれる衛士が愛しくて笑顔を向けると、衛士も微笑を返してくれた。

「お家で待ってるね」

現場で仕事に打ち込む衛士は見れなくても、家でくつろぐ衛士を見ることができるのは私だけだから。

「…今回のお仕置き、たっぷりしてやんなきゃな」
「えっ」
「今夜は名前がどんだけ泣いても俺の好きなようにさせてもらうから」
「え?な、なにか言った?私もう帰らなきゃ!それじゃあ気をつけて!さよなら!」

意味深な笑みを浮かべた衛士から逃げるように、助手席のドアを開けダッシュで車を去る。
後ろをチラッと振り返ると、衛士は新しい煙草を銜え私に向かって楽しげに片手を上げた。
覚悟してろよ、とでもいうように。




[*前へ][次へ#]

7/26ページ

[戻る]


あきゅろす。
無料HPエムペ!