[携帯モード] [URL送信]

どれを読んでも笹塚さん
きてくれて嬉しかった話

「帰って」

短く私を拒絶するその声に、いつもの力はなかった。
私はマスクで隠れた唇をムッと尖らせ、帰らないという意思をはっきり浮かべながら衛士の瞳を真っ直ぐ見つめる。
黙ったまましばらく見つめあった。衛士に隙はない。
なので堂々と横をすり抜けて強引に部屋へ上がろうとしたけれど、その腕に捕らえられるようにして阻止された。

「駄目だって言ってんだろ」
「もー頑固だな」
「頑固なのは名前」
「そう。帰らないから通して」
「今名前を通したら後で後悔する」
「しなくていい。大丈夫だから。ほら熱あがるよ衛士、早くお布団戻って」

衛士の胸のあたりを手のひらでぽんと触ったら、観念したのか私に注がれる眼差しがふっと緩んだ。

「どんだけ言っても帰ってくれそうにねーな」
「笛吹さんにプレッシャーかけられてるしね。あいつのことだからただ死んだように寝転んでるだけだろう。栄養のある食事をとらせてとっとと回復させてこい、って」
「ふぅん」

今日の衛士は熱のせいか感情がわかりやすい。
笛吹さんの名前を出したら、少し面白く無さそうに眉を動かす。

「笛吹さんに言われなくても行くつもりだったけどね。もう三日目だし」
「身体がうまいこと動いてくれねーんだ」
「お医者さんは」
「軽い風邪が疲労で悪化したんだろうって。なんかの数値見てよくこれで動けますねっつってビビッてたけど」

喋ってるだけでも辛そうな衛士を布団に寝かせる。
もともと平熱が低い人だ。これだけ熱が高くなると普通の人より辛いだろうなと額に手を当てながら思う。

「近寄らない方がいーんじゃない。移るよ」
「マスクしてるから大丈夫。何かお腹にいれた方が良いよ。衛士のことだから水分しかとってないんでしょ」
「粥……梅干の。食いたいんだけどいい?」
「オッケー」

悪いけど助かる、とでもいうように、衛士が微笑んだ。
立ち上がろうとする私の手が、熱い手で握られる。
へろへろだと思ってたけど意外と力があった。



[*前へ]

26/26ページ

[戻る]


あきゅろす。
無料HPエムペ!