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どれを読んでも笹塚さん
冷たい手


夏の夕暮れ時。
外の気温はげんなりする程むわっとしているというのに、笹塚は汗ひとつかかずいつものような表情で
「邪魔するよ」と弥子の事務所にふらりと現れた。
ネウロに留守番を押し付けられ帰るに帰れず暇を持て余していた弥子は、笹塚の訪問を大喜びで歓迎する。
笹塚が手にぶら下げている老舗せんべい屋の袋にいち早く反応し、ぱあっと一瞬にして最高の笑顔を浮かべた。
「名前さんと待ち合わせですか?」とせんべいの袋に熱い視線を送りながら弥子が笹塚の恋人の名を出せば、
「そう」と笹塚は小さく頷き弥子へせんべいの袋を渡した。



「俺って人より体温が低いみたいでさ」

笹塚は冷たい麦茶を出してくれた弥子に表情を変えずにぼそりとそう話し出す。

「笹塚さんて見るからにそんな感じですもんね」
「この前、ひんやりして気持ちいいからっつって名前にずっと手ぇ握られてた」

肘をひざにつくようにして前かがみになり、顎の下で組んでいる笹塚の指は、
真っ直ぐ伸びて細いけれどしっかりとしている。

「いいですねえラブラブで」
「いや多分、俺を保冷剤か何かだと思ってる」
「ああ……」

それを複雑に思っているのか嬉しく思っているのか、弥子には笹塚の表情や声色を慎重に観察してもまるで読めない。
なので弥子は曖昧に返事を濁した。

笹塚が持ってきてくれたせんべいを勧めると、いや、と首を振り「弥子ちゃんが全部食いな」と言う。
せんべいを手に取り、見るからに噛み応えのありそうなぶ厚さと薄い醤油色の艶めいた表面にうっとりと瞳を潤ませる弥子に、
笹塚は自分の首の後ろを撫でてから、くきりと首の筋を鳴らした後でぽつりとまるで独り言のように言葉をこぼした。

「なあ弥子ちゃん、冬にも握ってもらうにはどうしたらいいと思う」
「どうしたら、って。ホッカイロでも握ってたらどうですか」
「ああ、それいいな」

笹塚の口元が微かに緩む。
氷と麦茶の入ったグラスの表面にはもう水滴が浮かびだしていた。
少しすると、コンコンというノックの音と共に、名前が笑顔で事務所に入ってきた。事務所内の雰囲気が一気に明るくなる。

「やっほー弥子ちゃん、あっ衛士もうきてたんだ、早いね」

クーラーしあわせー、と笹塚よりクーラーに目を輝かせた後、名前は弥子にお土産! とシュークリーム屋の細長い箱を渡す。
夏らしい涼しげな色のシャツに細い足が更に綺麗に見えるようなデニム。足元は華奢なパンプスだ。
ラフだけども大人の女性らしい服装は名前によく似合っていた。

「これからデートなんですよね、どこに行くんですか?」
「舞台観に行くの。友達が急な用事で行けなくなってチケットくれたんだ」

名前はぱたぱたと手で自分の顔を扇ぎながら笹塚の横へ腰掛ける。
笹塚が僅かに表情を和らげるのを見て、弥子も顔をほころばせた。

「衛士、ちょっと手かして」

笹塚の返事を待たず、名前は笹塚の手を取り、弥子の目の前でその手のひらを自分の頬に当てる。
そしてうっとり目を閉じた。

「これこれ、この程よいひんやり感〜〜〜」

弥子はこの光景にどう突っ込んでいいかわからない。
本当に手の冷たさを楽しんでいるだけように見えるのだが、笹塚の空気が普段とまるで違うものだから、突っ込むに突っ込めないのだ。
表情は淡々としているのに、名前をじいっと見る瞳は違う。愛しくてたまらない、そんな瞳だ。
やっと頬から手を離したかと思えば、今度は笹塚から手の甲で名前の顔の輪郭を辿るように動かしだした。

「ね、ね、弥子ちゃんも衛士の手に触ってみない? 気持ちいいよ!」
「いやいやいやいや、私は遠慮しときます」

弥子は手を勢いよく振って遠慮する。
たとえ心地よい温度だとしても、自分が触れるのはきっと違う。

「麦茶飲む時間あります?」と聞けば「ありがとう弥子ちゃん、いただきます」と笹塚に指で耳をくすぐられながら名前が笑う。
名前の肌に触れる笹塚の表情は、名前以上に幸せそうだった。





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