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どれを読んでも笹塚さん
繋ぐその手
本格的な冬が近づいた寒い夜の道を、恋人である笹塚衛士と並んで歩いていた。

「手が冷たい」
「ポケットに手ぇ突っ込んだら」

手を繋ぎたいと素直に言えない私と、甘さのカケラも無い衛士の態度。
衛士の手はずっとコートのポケットの中で何かを握っている。
たぶん携帯電話だ。
いつ鳴ってもいいように、大事に握っているのだろう。
彼女と歩いている時でも仕事のことばかり気にする男なのだ。
手が冷たいと彼女が言っても、その手でぬくもりを与えるのは携帯の方。
そんな扱い慣れっこだった。

「心が寒い」
「飲んでくか?」

そんな気分じゃないから首を振る。
長い付き合いというのも困りものだ。
して欲しいことを素直に言えないくせに、態度で察してもらいたいだなんて。

最近は仕事が忙しく、二人でゆっくり過ごす時間が全くなかった。
私は少し拗ねているかもしれない。
メールも電話もろくに返してこない衛士、対して衛士の「今日会える?」という電話に凄い勢いで返事した私。
今日をすごく楽しみにしていたのに、衛士の手はずっとポケットだし、いつも以上に口数も少ない。
淡々とした表情は寒さなんて感じていないみたいに見える。

「あのさ、めずらしいよね、衛士から誘ってくれるなんて」
「あー…、話あったから」

話。話って何だろう。
今までのパターンだと、仕事が忙しくなるからしばらく会えないとか、クリスマス会えないとか、年末年始休み無しとか、そんなところだけど、今日は雰囲気が違う。

「そう。で、どこ向かってるの?」
「…んー…どこがいいかな…」
「え、考えずに歩いてたの!?」
「いや、考えながらっつーか…」

衛士の曖昧な言葉に、こっちを見ずに歩く姿に、嫌な予感が足元からじわじわとわきあがってくる。
別れたい、とか言われたら…。
いや違う。
この嫌な感じは、衛士が過去の惨事にとらわれて自分の全てを捨ててしまうんじゃないかという不安だ。

「衛士、私…」
「ん?」

足を止めた私を振り返り、私の方へ近寄ってくる。
衛士の吸う煙草の香りが感じられるくらい近くまできたところで、じわっと涙が滲んだ。

「名前、どーした?」
「帰る」

付き合いが長いからわかる。いつもの衛士じゃないこと。
話とはきっといつもされてるような類の話じゃない。
聞かなければ最悪な事態を引きのばせるかもしれない。
だからこの場から逃げようとした。
でも急に衛士に肩を抱かれ、身動きが取れなくなってしまった。

「帰さない」

ぎゅっと衛士のたくましい胸に身体を押し付けられ、心臓がバクバクと激しく脈を打つ。

「話って…わ、別れ話…?どこか行くとかなら絶対聞かないから」
「…名前、なにいってんの?」
「だって衛士、いつもと違う。思いつめてるみたいな難しい顔して…」
「ああ…」

このことだな、と安堵したようなため息をつくと、衛士はポケットから何かを取り出して私に差し出す。

「これ、え、うそ、」

小さな上品な青い箱。
それには細くて白いリボンがかかっていた。
中身を見なくても、箱の大きさと衛士の眼差しで、何が入っているのかすぐにわかった。

「名前…俺と結婚して欲しい」

感激のあまりポカンとしてしまった私の手のひらに箱を乗せ、衛士が箱を開ける。
そこには夜の闇の中でもキラキラと輝きを放つダイヤモンドの指輪があった。
以前、衛士とテレビを見ている時に流れたエンゲージリングのCM。
「こーんな指輪渡されてプロポーズされたら相手が石垣君でも迷わずOKしちゃうかも」なんて冗談で言った時と同じ指輪だった。

「…迷わずOKしてくれる?」
「衛士、薬指にはめて」
「ん」

すっと左手を取られ、薬指にゆっくりとはめられる指輪。
ひんやり感じたのは最初だけで、すぐに体温に馴染んだ。
嫌な予感は当たらなかった。
それどころか、衛士が見ているのはもう過去じゃなくて未来なんだ。
輝く指輪がそう言ってる。

「ありがとう衛士、大好き。ずっと離れないから」
「俺も離さねーよ」

背の高い衛士に伸び上がって抱きつくと、強い力で抱き返してくれた。

「こんな道端でプロポーズする予定じゃなかったんだけどな…まあ、断られなかったからいーけど」
「歩いてたのってプロポーズする場所探してたから?」
「最初は初めて食事したとこにしようかと思ったけど、そういや牛丼屋だったじゃねーかって思い出してさ、ここはねーよなと」
「あはは、そういえばそうだったね」

そっと抱擁を解き、衛士が手を繋いできた。
そしてゆっくりと歩きだす。

「他にどっかねーかなと考えてたら名前が帰るとか言い出すし」
「だってプロポーズしてくれるなんて思わなかったもん」

薬指の指輪を見つめる。
衛士はどんな顔してこれを買ったんだろう。

「…名前と出会ってなかったら、俺はこうして生きてなかったと思う」

ぼつりと零した言葉。
出会った頃の衛士は虚ろな瞳の奥に深い暗闇を抱えていた。
だけど二人で年月を重ねていくうちに、暗闇は薄れ光へ向かって生きることに目を向けてくれるようになったのだ。

「自分を大事にしてね、私の為にも」
「ん、できるだけ」

しっかりと繋いだ手を生涯離さないと心に誓った。




♪ツナグソノテ/霜月はるか





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あきゅろす。
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