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どれを読んでも笹塚さん
有意義な休憩時間
どんよりした瞳に書類を映し、笹塚は大きなため息をついていた。
つい先日まで大きな事件を抱えて慌ただしく動き回っていたが、桂木弥子の協力により犯人を無事逮捕できたものの、これで仕事は終わった訳ではない。
犯人逮捕後も取り調べやら調書作成やらで疲れ果てていた。

はあ、と何度目かの溜息をつき左手で前髪をかき上げる。
その時、自分の薬指に光る銀の指輪に気付き、名前の顔を思い浮かべる。
実物には及ばないものの、心の中に花が咲くような名前の笑顔を思い出すだけで随分と気持ちが和らぐから不思議だ。
もう少し頑張るか、と再び書類に集中しようとしたその時、丁度外から帰ってきた等々力が、自分のデスクへ戻らず笹塚のデスクへと真っ直ぐに歩いてきた。

「先輩、その書類引き受けます」

書類仕事なら私が、との等々力の申し出に、笹塚は「あー、大丈夫」と少しだけ顔を上げただけで、また視線を書類へと戻す。
徹夜続きでクマの濃くなった目は、書類を素通りしてどこか遠いところを見ているように見えた。

「…俺、疲れてるように見える?」

ポツリと漏らされた一言に、等々力は「ええ、かなりお疲れかと」と即座に答えた。
笹塚がそれを聞きペンを置いて肩をくきりと鳴らす。

「何しても疲れが取れねーんだよな。…年かな、俺」
「先輩、昼食には遅すぎる時間ですが、食事でも取って来たらどうですか?」
「…メシねえ」

等々力は、笹塚がぼうっと宙に視線を落としながら、そんなに食欲ねーんだよな、と小さく呟く声を聞き、等々力がくすりと笑みを漏らす。
いつもの生真面目な顔ではなく、珍しく何か楽しい秘密を打ち明けるような顔で等々力は、

「奥様がいらしてても?」

そうにっこり笑って笹塚に告げた。
笹塚はそれを聞き一呼吸分動きを止めた後「名前がきてんの?」とおもむろに椅子から腰を浮かす。
その顔は何の表情も読み取れないいつものポーカーフェイスに見えるが、瞳には生気が戻っていた。

「すぐ戻る」

背もたれにかけておいたスーツに袖を通しながら、落ち着いた声でそう言うものの、どこかソワソワとした笹塚の様子に等々力は目を細めす。

「先輩は働きすぎです。たまにはゆっくり休憩してきて下さい」
「…サンキュー」

等々力は「いえ」と微笑んで疲れがくっきりと滲んで見える笹塚の背中を見送った。
きっと、戻ってくる頃には水揚げした花のように少しはしょっきりして戻ってくるだろうと思いながら、等々力は笹塚のデスクの書類を腕に抱えた。



「はい着替え!おうち寄ってく時間も勿体ないだろうなって思って持ってきた」
「サンキュー、名前」

大きな紙袋に入った数日分の着替えを見て、まだ当分家へ帰れないことに笹塚は改めて溜息をこぼす。

「だいぶ疲れてるね。大丈夫?」
「……ああ」
「倒れないようにちゃんと仮眠取るんだよ」
「ん、了解」
「じゃあね」

手を振って去ろうとする妻の腕をつい掴んでしまった。

「衛士?」
「……あー、一時間くらいなら時間あんだけど」
「じゃあすぐに寝たほうがいいよ。目の下のクマ、酷いことになっちゃってるもん」
「いや、それより腹減ってきたから飯付き合って」
「いいよ」

午後二時を過ぎたばかりのこの時間。
昼食なんてとっくに食べただろうに、笹塚の誘いに困った顔など微塵も見せずただ嬉しそうに笑う妻に愛しさがこみ上げた。




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あきゅろす。
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