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どれを読んでも笹塚さん
熱々夫婦(新婚さんと弥子ちゃん)

「すいません笹塚さん、こんなにたくさん」
「いいって、遠慮すんなよ。名前が急にこれなくなったお詫びに弥子ちゃんにはたくさん食ってもらえって言われてんだ」

ここは弥子のお気に入りのイタリア料理の店だ。
手ごろな価格でボリュームたっぷりの気軽な店なのだという。
今日は笹塚と名前と弥子の三人で食事をする予定だったのだが、
名前の仕事が長引いて来れなくなったため、こうして二人で食事するのことになったのだ。

「んんーッ! このモッツァレラチーズのフレッシュで濃厚なミルク感といったら! トマトとの相性なんてもうバッチリで!」

ぱくりぱくりと幸せそうに、弥子が目の前に並んだパスタやピザを平らげていく。
笹塚はというと、ペンネアラビアータをフォークで刺し、じいっとそのトマトソースの色を見つめた後、ゆっくりと口に入れた。
もぐもぐと口を動かし、そして水を飲む。
その一連の動作の間中、笹塚の表情はピクリとも動かない。

「ここのアラビア−タ、物凄く辛いですよね。笹塚さん平気なんですか?」
「そういや口がヒリヒリするような気がすんな……」
「前に口に入れた瞬間辛くて舌がピリピリして飛び上がりましたもん! 全部食べたけど」
「へえ」

そう言って笹塚はもう一度ペンネを口に入れた。
その顔はやはり辛くて顔を歪ませたり赤くしたりと表情を変えることはない。

「名前さんの手料理はどうですか?」
「名前の? んー……まあ、普通」
「普通って最高じゃないですか。ちゃんと美味しかったら美味しいって言ってますか?」
「……いただきますとごちそうさまなら言うけど」
「ダメですよー、笹塚さんただでさえ表情が読みにくいんですから、そういうことはちゃんと言わないと!」
「そーなの?」

接着剤で餃子くっつけたりしない限りは言ってあげてくださいね、と弥子は5枚目のピザへと手を伸ばした。



▽▽▽▽▽



「はよー…今朝は早いな名前」
「衛士おはようっ」

顔を洗いひょこりと顔を出した笹塚に、新妻である名前がテンション高く抱きつくと、にっこり笑って笹塚の頬に両手を添えた。
てっきり口付けされるのかと内心期待しつつ笹塚が瞼を下ろし顔を近寄せる。
しかし、みてみてーと名前にぐきりと笹塚の首が強引にダイニングテーブルの方へと向けられてしまった。

「……いて」
「今朝はゆっくり出勤の日だから、早起きしてちょっと朝食頑張ってみたの」

首をこきりと鳴らしつつ笹塚が目を凝らした。
テーブルの上にはほわほわと湯気の立った出来立てのオムレツ、ボイルされたソーセージ、色とりどりの新鮮な野菜のサラダ、こんがり焼いたトーストにコーンスープ、そしてコーヒーが並んでいる。
と言っても、朝からよく食べる名前とは違って普段からそれほどものを食べない笹塚の皿には名前の半分程度の量が盛られていたのだが。

「さ、たべよたべよ」
「ん」
「食べきれなかったら残していいからね」

二人揃っていただきますと手をあわせる。
笹塚がのろりとコーヒーを飲んでいる間にすでにトーストを齧り、サラダのキュウリをポリポリと食べている名前を前にすると、朝から本当によく食べるなといつも感心する。
名前は無邪気そのものといった顔で心から食事を楽しんでいた。
その顔に思わず笑みを漏らした笹塚が、その余りにも美味しそうに食べる名前につられフォークを手に取りオムレツを口に入れる。
とろりとした半熟のプレーンオムレツは、食欲の湧かない朝でもするりと口に入っていった。
美味いな、と素直に思う。塩加減も口当たりもかなり好みだ。
そこでふと昨晩の弥子の言葉を思い出す。

“笹塚さんただでさえ表情が読みにくいんですから、そういうことはちゃんと言わないと”

「あー……
「ねえ衛士、そのオムレツ気に入ってくれたんだね」

笹塚が言いかけようと口を開いたところで名前の明るい声がかぶさってきた。

「そう、今それ言おうとしてた。何でわかった?」
「何でって、衛士の表情見たらすぐわかったよ。美味いって顔に書いてあった」
「へえ……さすが俺の奥さん」

「やだもう奥さんなんて照れちゃう!」と名前が幸せそのものといった顔で笑った。




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