GS1〜3&レストラン
やさしい歌(琉夏とバンビと娘と琥一)
琉夏くんの腕の中で眠るその無垢な寝顔にふっと微笑を漏らし「そろそろ帰んねぇと」と琥一くんがソファから腰を上げた。
夏が近づき、ずいぶんと日が長くなってはきたが早い夕飯を終える頃にはもう日は落ちていた。
「もう帰っちゃうの?コーヒー淹れるのに」
「わりィ、約束があんだよ」
その時の琥一くんの表情は、いつもとどこか違っていた。
琉夏くんもそれに気付いたのだろう。
私達は二人顔を見合わせ、そして琉夏くんが先にからかうような笑顔で口を開いた。
「わかった。カノジョできたんだろ、コウ」
「琥一くんったらいつの間に。写真ないの?みたい!」
「俺もみたい。みせて」
「…るせーな二人して、あんま大声出すんじゃねーよ、起きちまうぞ」
「美奈子見て、コウのやつ照れてる」
「レアな表情だよね、写真でも撮っておこうか」
「やめろバカ夫婦」
「怒られちゃった」
「怒られちゃったね」
にやりと悪戯っぽく笑う琉夏くんの腕の中で、もぞもぞと娘がベストポジションを探すように身体を動かした。
おっとっと、と言いながら琉夏くんがぎゅっと娘を抱っこしながら立ち上がる。
「こいつベッドに寝かせてくる。美奈子、コウに詳細聞いといて」
「ラジャー!」
ゲ、とあからさまに嫌そうな顔をする琥一くんの腕にガッシリと自分の腕を巻きつけ「お送りしますよお兄様」と背の高い琥一君を見上げて笑った。
私達が住む古い借家には小さな庭がついている。
夕闇に白く浮かぶクレマチスの向こうに琥一くんの車が見えた。
私は名残惜しく思いつつ、ゆっくりと琥一くんの腕から自分の腕を抜く。
かわりに服の袖を掴んだ。逃げられないように。
「琥一くんの彼女ってどんな人?」
琥一くんは私の質問にはこたえずに、深い色をした瞳でじいっと私を見つめてきた。
「…気になるか?」
「もちろん!可愛い?それとも美人さん?」
私の連続質問に呆れたように笑ってから、琥一くんはゴツゴツとした長い指で私の鼻をピンと弾く。
痛い!と鼻を押さえる私に「まだそういうんじゃねぇよ」と優しく目を細めながら言う。
本当の兄弟じゃないのに、その表情は驚くほど琉夏くんと似ていた。
「ま、うまくいったらいつか連れてくるからよ」
「琥一くん…」
こみ上げてくる感情のままに、思わず琥一くんの手を掴んでしまった。
ひどく懐かしいこの感触は、高校時代から全然変わっていない。
琥一くんはそのきゅっと握る私の手を見て、そして私の顔へと視線を移す。
「…ねえ、心配だよね、これから。私、とても大丈夫には思えないんだけど」
「俺もだ。正直言うとよ…情けねーが心が痛むぜ」
二人して、うーんと唸って腕を組む。
そしてはあと大きく溜息をついた。
「大泣きするよね」
「あのちっせー身体でしがみついてくんだろーよ」
「琥一くんのお嫁さんになるって毎日言ってるからね、あの子本気だよ」
「もらってやりてーのは山々なんだがな」
「わー変態」
「茶化すなバカ」
久々に琥一くんのゲンコツを食らってしまった。
痛いと唇を尖らせると、大きな手のひらでわさわさと頭が撫でられる。
琉夏くんの手のひらとはまた少し違うあたたかさだ。
「琥一くんが選んだ女の人なら、あの子も私達もすぐ好きになるんだろうけどね」
けれど琥一くんと結婚すると夢見ている幼い娘に最初に説明するのは、かなり胸の痛むものになるのだろう。
「ルカとオマエからそれとなく説明しといてくれや」
「え、なにそれズルイ、自分でしなさいよー!」
「じゃあよ」
ククッと笑って琥一くんは車に乗って行ってしまった。
楽しかった時間がエンジンの音と共に過ぎ去ってしまったようで、胸にほんの少しのさみしさが浮かび、そしてすぐに他の感情と混ざり合って消えた。
居間へ戻ると、まだ琉夏くんは寝室から戻ってきていなかった。
そっと足音をしのばせ寝室へ向かうと、ドアの隙間から音程の少し外れた柔らかな歌声が響いてくる。
琉夏くんが娘のベッドで娘に添い寝する格好で子守唄を歌っていた。
相変わらず、音痴。でも胸があったかくなる。
娘は産まれた時からこの調子の外れた子守唄を聞いて育っているので、私の子守唄では眠ってくれないのだ。
ふふっと思わず笑い声をこぼすと「こら、笑うんじゃありません」と琉夏くんがそっとベッドから立ち上がり、近づいてきた。
「歯は?」
「磨いた。あいつ歯磨いてても起きなかったんだぜ」
「遊び疲れたんだね」
きっと朝までぐっすりだろう。
「美奈子」と、そっと抱きしめられて、私も抱き返した。
琉夏くんの唇が悪戯っ子のように私の頬から首筋までちゅ、ちゅ、と移動してくる。
「俺、まだ遊び足りない」
「元気だね」
「そう、元気なの。美奈子、コウにカノジョ出来てさみしい?」
「うんさみしい。でもまだ付き合う直前みたいだよ。琉夏くんはさみしい?」
「はは、俺は美奈子達が居れば平気」
本当に?と言いかけた唇に、琉夏くんの唇がゆっくりと深く重ねられる。
この琉夏くんの薄く形の良い唇ひとつでいつも心がとろとろになってしまう。
「あ、平気になったかも」
「俺のキスで?」
「うん、すごいなあ琉夏くんって」
琉夏くんは私の言葉にきょとんと目を見開いてから、嬉しそうに笑って優しくベッドへ押し倒してきた。
♪遊佐未森/やさしい歌
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