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GS1〜3&レストラン
花 (設楽)
絵を描くのが好きで、放課後になると校舎の目立たない所にある花壇の花をスケッチしていた。

花壇の上のほうにある音楽室からは、設楽先輩の弾く綺麗な音色のピアノが流れていて、それを聴きながらだと、すごくリラックスして描ける。
設楽先輩がピアノを弾く日は、私だけの特等席で大好きなスケッチをしながら贅沢に時を過ごすのだ。

「毎回毎回同じ場所で飽きないのか、お前」
日が落ちる頃になると、ピアノの音が止み、少しすると設楽先輩が現れる。
先輩はひょいと私の背後からスケッチブックを覗き込んでくるので、先輩の吐息が髪に耳にふりかかるようでいつも緊張してしまう。

「つぼみだった花が咲いてたり、違う苗が植わってたり、同じ花壇の中でも花には毎回変化があるんですよ」
「ふぅん」
どうでもよさげに返事して、設楽先輩がスケッチブックの一点を指差した。
「この色使い、なかなかセンスいいじゃないか」
こだわって塗っていたところだったので褒めてもらえて嬉しい。
「そろそろ下校時間だな。帰るなら送っていってやる」
「はいっ」
最初の頃は気難しそうな先輩だな、なんて思っていた。
それが今では、とても優しく繊細な、私の尊敬する先輩だ。
私はそんな設楽先輩に恋をしている。



さりげなく絵の具の入った重い袋を持ってくれる設楽先輩の腕をそっと掴みながら同じ歩調で下校する。
「どうかしたのか?」
ポツリポツリと会話を交わす間、どうしても沈んだ気分を隠せなくて、先輩に心配されてしまった。
「もうすぐ卒業しちゃうんですよね…」
「そうだな」
「さみしいです」
「………」
設楽先輩は黙って数秒じいっと私を見つめてから、言った。
「さみしくなったら電話でもなんでもすればいいだろ」
「毎週しちゃいますよ」
「ああ。構わない」
端正な顔に浮かんだ先輩の微笑みが凄く綺麗で、触れてみたいと強く思った。



三年生が卒業した後の学校は、どこか気の抜けたような雰囲気で、新入生が入り一気に活気に満ちるまでの少しの間、三年生の残り香があちこち残る校舎で、残された後輩達がひっそりと残りの時を過ごす。

真っ白なスケッチブックを前に私は何度目かわからないため息をついた。

設楽先輩、先輩のピアノの音が無くてさみしいです。
もう先輩は卒業したのに、またひょっこりここに絵を見に来てくれるんじゃないかって、待っている馬鹿な私が居ます。
さみしい。さみしい。さみしい。
電話をしても、二人きりで遊びに行っても、学校に来るとどうしようもなくさみしくなる。
音楽室に先輩の姿を探してしまう。
三年生のクラスに行く階段を見上げ、もうこの空間に先輩が戻ることは無いんだとため息をつく。
設楽先輩の居ない学校にどうしても慣れないのだ。

今日はもう帰ろう。真っ白なスケッチブックをカバンにしまい、花壇を後にする。
校門を出たところで「美奈子」と聞き慣れた声で呼ばれ空耳かと自分の耳を疑いつつ素早く声のしたほうを向くと、設楽先輩が腕を組んで校門にもたれかかっていた。
「設楽先輩!」
「声が大きい。お…おいっ!こんな人前で縋り付くな!」
学校にいる間中、ずっと会いたくてたまらなかった先輩が目の前にいるのだ。
直接触れて安心したくて、思わず先輩の胸に飛び込んでいた。
「一人でスケッチしてても先輩のピアノが聴こえてこないし、絵も見に来てくれないし、どこ行っても設楽先輩が居ないんです…探しちゃいました」
「卒業したんだ。いなくて当たり前だろバカだなお前」
「先輩が卒業してから私がどんな思いで…」
言いかけた言葉は設楽先輩の唇に塞がれ発することができなかった。

「…前を見ろ。いつまでもウジウジするな。お前が落ち込んでるとこっちも調子が出ない」
「っ、は……い」
「会いたかったら…俺がじゃないぞ、お前がだぞ!?いつでも会いに行くし、すぐに新しい後輩も出来るだろ。お前が話してた花の話と同じだ、同じ学校の中でも色んな変化がある。それを楽しめ」
先輩は、自分の胸に押し付けるように私をぎゅっと抱きしめてくれた。



かたく手を繋いで歩く帰り道。
私服の先輩と制服の私。
変わったものはあるけれど、確かになったものもある。





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