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*Don't Hold Back(派出須or藤)
□アメージング・後編(派出須)
肩を寄せ合い、ぼーっとテレビを見ながら逸人が丁寧に剥いて口に入れてくれる巨峰を咀嚼していると、突然「結婚しないか」とプロポーズされた。
それが余りにも気負いの無い、ごく当たり前の流れといった自然な口ぶりだったので、私はその意味をすぐに理解できなかった。

「ああけっこんね…って、……あの結婚!?」

意味が飲み込めた瞬間、巨峰が喉に詰まりそうになった。
あわてて口の中の葡萄を味わうことなく飲み下した後、すぐにそれが聞き違いでないことを逸人に確認する。

「ああ」
「本気で言ってるの?」

しかし私の聞き違いではなかったらしい。
極めて真剣な表情で、しかも私の反応にちょっとムッとしながら、口の端についていたらしい巨峰の果汁を指でぬぐわれる。

「僕が冗談でこんなこと言うと思うか」
「いえクソマジメなあなたはいつだって直球ですよね」
「突然で驚いたと思うけど僕は本気だ。返事は待つから考えておいて…ナマエ」

そして逸人は私の口をぬぐった指を舌で舐め撮ると、艶のある微笑を浮かべ、今度は唇を重ねてきた。
顔が近づいてきて目を閉じようと思った瞬間、ほんの少しだけ顔のひび割れが塞がっているように見えた。
逸人の感情が、昂っているのだろうか。
突然のプロポーズに混乱する私は、心の整理をする間も与えられず逸人に押し倒され、そのまま緩やかに深いまるで身体の芯がとろけるようなセックスになだれ込んだ。
それが昨日のこと。


▽▽▽▽▽


鈍と話すまでは、私はまだ逸人の恋人という立場にまだ慣れていなかったように思う。
居心地の良い友達という関係から完全には抜け出ていなかったのだ。
恋人としての新たな一歩を踏み出すのが怖かった。
友達なら崩れにくいものも、恋人になったら脆くなる。
いつまでも同じ関係のままでいたら、いつまでも一緒に居られるかもしれないと、子供のように信じていたかった。
逸人とは絶対に離れたくないというのが根底にあって、それに強く足をとられていたのだ。
そんな私の気持ちを逸人は見抜いていたのかもしれない。
だから、恋人としてより、私の夫となって、これからの人生を共に歩もうって、私を安心させたかったのかな。

逸人のアパート前に着くと、向こうから逸人が歩いてくるのが見えた。
なんて偶然。まだ私に気付いていない逸人の顔は、いつもとどこか違っていて、不思議な気分だった。
私の前だとあんなに表情豊かなのに。
…まあ、呆れた顔が一番多いんだけど。
心があたたかなものに満たされ、自然と笑顔になった。

「逸人」

ホームセンターで買い物をしていたらしき資材がたくさん入った袋を抱えた逸人が、私を見て驚く。

「あれ…今日は鈍の所へ行くって言ってなかったか?」
「うん。コーヒーご馳走になって、すぐ逸人に会いにきたの」

逸人の抱える袋を覗き込むと、木材がちらりと見えた。
…今度は何を作るつもりなんだろう。

「何を話してきたんだ?顔がどことなくスッキリしてるような…」
「女同士の秘密だよ」

鈍ととても仲が良かった私が、自分の件で決別してしまったことに、逸人は口に出さずとも心を痛めてきたのだろう。
私の言葉に、私達の仲が修復できたことを汲み取った逸人の表情がホッとしたように緩んだ。
手を伸ばして逸人の頭を撫ぜる。
“冷血”を宿してからの逸人は、以前に比べてあらゆる感情が部分的に欠落してしまったかのように見えた。
だけど私を見つめる眼差しは、心の奥底を震わせるような素の逸人を保ったままで、私は鈍達より逸人の傍についていてやりたいと思ったのだ。

逸人のアパートに入るなり、膝を折り資材をいそいそと片付ける逸人の背中に抱きついた。
広い背中。この細い身体の中には“冷血”が巣食っているんだな、と考えたら思わず力が入ってしまう。

「う……ナマエ、痛い」
「自分のことは二の次で、人助けが大好きで、身体の中に病魔を飼ってる、逸人ってなんてやっかいな人なの」
「はは…そんなやっかいな奴でもナマエはずっと一緒に居てくれたじゃないか」
「うん、だからこれからもずっと一緒に居るよ」

私達は互いの弱さをさらけ出し、ずっと支えあってきた。

「結婚してくれる気になったのか?」
「こんな私でよかったら」
「ナマエしか考えられないよ」
「私も逸人しか居ないってやっと気付いた。時間がかかっちゃってごめんね」
「…ありがとう」

逸人の胸の前で組んだ私の手に、逸人の血の通ったあたたかな手が触れてくる。
両膝の付いた逸人に背負われているような格好のまま、私は逸人の決して艶やかとは言えない髪に頬をすり寄せ心から「愛してるよ」と言った。





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あきゅろす。
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