*Don't Hold Back(派出須or藤) ■ヴァージニティー・前編(藤) こっちの気持ちなどまるでお構いなく、季節は瞬く間にめぐっていく。 私は恋人と呼べる男が居ないままで一年が過ぎた。 藤くんとキスしたのは一度きり。 逸人とは色々あったけど、また友達に戻った。 全てさらけ出して気持ちの整理がついたのか、感情を冷血に食べてもらったのかはわからないが、逸人が熱い目で私を見つめることはもう無くなった。 穏やかに、それでいて呆れ混じりに、突き放しているようで誰より私のことを心配してくれる、そんな大事な親友として、逸人は今日も私にお説教してくれる。 …長いんだな、これが。 「ナマエがどういうつもりかわかりたくもないけど、そういうのは藤くんにとってよくないからやめろと言ってるじゃないか」 「別に会ってホテル行ってるわけじゃないでしょ!ただ週に1度二人でお茶してるだけじゃない」 「藤くんは受験生なんだぞ、教師なら家に帰れと厳しく接するべきだ」 「へえー、じゃあ逸人なら外で生徒にバッタリ会って先生とお茶したいって言われてもそんな風にできるんだー、ふーん」 「え…っ!そ…それは……そ、そんな夢みたいなこと言われたら…僕はお茶どころかケーキまでご馳走してもしまうかもしれない……!」 「でしょー、私は奢ったりなんてしてないけど、可愛い生徒と雑談するくらいしてもいいじゃない?」 「うっ…」 勝った! にんまり笑う私の額を、逸人が苦々しい顔をつきで指で押したものだから、「うわ」と後ろへのけぞってしまった。 保健室で私にキスと告白をしてきた藤くんは、それから私に強引に迫ってくることはなくなった。 現実に目が覚めたのか、きっと他のことに興味が出てきたんだろうと、落胆する心を教師としての意地で隠した。 そうして表面上は何も変わらず過ごしていた矢先、仕事の帰りによく寄るコーヒーショップで藤くんとバッタリ会った。 いつも奥まった席を選ぶので、知り合いになど会ったこともなかったのに。 藤くんは驚く様子も無く「一人?」と聞き、頷く私の前に座り、ゆっくりゆっくり二人でコーヒーを飲んだ。 その時の会話は覚えていない。けど、穏やかに流れていたあたたかさだけは覚えてる。 帰り際に「水曜の夜は習い事がねーんだ。だからまた来週ここくるから、アンタも来てくれよな」と言われてまた頷いてしまった。 そうして私と藤くんは、水曜の夜に一時間弱という短い時間を二人で過ごすようになった。 「言っておくがお前の気持ちなんてお見通しなんだからな」 「藤くんの思春期の錯覚にちょっと付き合ってるだけだもん。イケメンだから目の保養になるし」 「…いずれ傷つくことがわかっているのに、か」 誰が?とは聞かなかった。そんなこと私が一番よくわかってる。 中学を卒業し、高校生になり、押し込められているような世界が徐々に広がっていくと、冷静に自分と周りを見渡すようになれる。 価値観を覆されるような経験もするだろう。色々な人に出会うだろう。 そんな世界に私という存在なんかが留まれるはずがない。わかってる。 だから、それまでほんの少しくらい、二人で他愛ないお喋りをするくらい、いいじゃないか。 「中学生相手に傷つかないよ。逸人のバカ」 「だといいけどね。大バカナマエ」 ふんっと顔を逸らした窓の向こうに藤くんが居て、思わずどきっとしてしまった。 保健室のカーテンが風に揺れる。暑い暑いと汗をふいていた時の空気とは違う、秋の冷たい風が吹く中を、冬服を着た藤くんが友達と校門へ向かって歩いていく。 私に気付き、はにかんだ笑顔を見せる藤くんがとても綺麗で、それがとても儚く感じた。 来年は藤くんはもうここには居ないんだな。 胸が締め付けられる痛みを逸人に悟られないよう、藤くんににっこりと笑い返した。 ▽▽▽▽▽ 私と藤くんの関係は一体なんなのだろう。 教師と元生徒?それとも茶飲み友達か。 高校三年生になった藤くんをまじまじと見つめながら、コーヒーを飲む。 「何ガン見してんだよ」 「ごめん、なんでもないよ」 藤くんはいつも私服を着てくるから、私は藤くんの高校の制服を着ているところを見たことが無かった。 背も高いし雰囲気が落ち着いてるから、こうしてるととても高校生には見えない。 月日が流れるのは本当に早い。 私は藤くんが中学生の時のまま、気持ちがちっとも前に進めていないというのに。 「明日で藤くんも高校卒業するんだね。ねえ、今まで聞いてもはぐらかされてきたけど、藤くんの進路って一体どうなってるわけ?いい加減教えてくれてもいいでしょ。どこの大学?」 「大学にはいかねーよ」 「え、じゃあ就職…あっ、ご実家の家業継ぐの!?」 実家の話を出すと、藤くんの眉間に皺が寄る。 聞かれたくないこと聞いちゃったなと別の話題を出そうとしたら、藤くんが先に口を開いた。 「あんたさ、彼氏とはどーなってんの?」 藤くんは私のことを決して先生とは呼ばない。 そのことが私に僅かな期待を抱かせることをわかってやっているんだろうか。 「とっくに別れたよ。一ヶ月持たなかったかな。藤くんこそ、彼女どうしてるの」 「ああ、面倒なこと言うから別れた。随分前だけど」 「また別れたの。もう何人目?」 「数えたことねーし」 私達は探しているのだ。お互い以上に好きになれる存在を。 しかしまだどちらにもそういった存在が見つけられないまま、水曜日の夜の逢引が続いている。 「進路の話だけど…俺さ、高校卒業早々に婚約しろって親に言われてて、このままじゃ俺の意思なんてお構いなくマジで婚約させられちまうから、外国に逃げるつもりなんだよな」 まるで他人事のように、さらりととんでもないことを言う藤くんに、コーヒーを持とうとした手を自らの手で握り震えを抑える。 「外国ってどこ」 「アメリカ。卒業式終わったらそのまま発つ」 「じゃあもうこれからこうしてお茶できないんだね」 「…こればいいじゃん。あんたも、俺の居るとこに」 「毎週水曜飛行機に乗って?わーお金かかるわー」 「冗談じゃねーって。俺と一緒に来いよ」 数年前、保健室での一件以来、一度も伸ばされたことのなかった藤くんの手が、テーブルに載せていた私の手を包み込むように握ってきた。 すごくあたたかくて、もう立派に男らしい大きな手で、色々な感情が混ぜこぜになって涙が滲む。 「向こうでの生活の保障もないところに、教師という職を捨ててついてこいって?無理でしょ」 「…なあ、頼むよ」 「私、もう帰るね」 「待てよナマエ」 「ずるい、こんな時に名前呼ぶなんて」 立ち上がりかけた私の手を離すまいと、私を包む藤くんの手は緩まない。 「やっぱりナマエが好きだ。彼女作ったってどんだけ時間経ったって結局あんたを忘れらんねーんだから、俺の気持ちが気の迷いなんて言えねーだろ」 「…そうだね。ほんとに、そうだよね」 「俺あんたと週に一度でも居られるだけでいいやって適当に彼女作ったりしたけどさ、なんか違うのな。違和感あんだわ。あんたと喋ってるときが一番しっくりくる。好きだってしみじみ感じる」 私は涙を堪えながら、藤くんの言葉にただこくこくと頷いた。 「本当はアメリカ行くこと黙ってて、今日であんたに会うの最後にしようと思ってたんだぜ。だけどやっぱりこのまま離れるなんて嫌だ」 「藤くんて物好きだよね…なにもこんな年上相手にしなくたってもっと可愛い女の子よりどりみどりなのに」 「年なんて関係ねーよ。好きになっちまったもんは仕方ねーだろ」 掴まれていないほうの手を伸ばし、藤くんの頬に触れてみた。 そんな私の行為に驚いたのか、目をまん丸にして頬を染める藤くんが可愛い。 「藤くん、好きだよ」 素直な気持ちが唇から零れ落ちる。 すげーうれしい。そう呟いた藤くんと二人で微笑みあった。 「…そろそろ出よっか」 コートを着るときに一時的に離した手を再び繋ぎ、私達は店を出た。 一歩外を出るとひんやりとした風に全身を撫でられぶるりと身震いする。 しまったなあ秋モノのコート着てこれば良かった。そんなことを考えた時、すっと繋いでいた手を離した藤くんに力強く肩を抱かれた。 背の高い藤くんにすっぽり包まれ、男らしく逞しい胸板の厚さにドキドキしながら黙ってその身を預けた。 もう背格好だけじゃなく、自分の意思で将来を切り開くことのできる立派な大人になったんだね。 私も片腕を藤くんの腰に回し、より密着した体勢になって私達は歩調を揃えて歩き出した。 ♪レベッカ/ヴァージニティー [*前へ][次へ#] [戻る] |