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恋人は家庭教師 (藤)
ヤキモチなんて綺麗に消えた
疲れた、眠い、また後で。

頭は悪くないのにサボり癖のある麓介は、勉強前に必ずこんなことを言う。
勉強の時間でさえ無かったら、気怠げに首を傾け甘えた声を出し私を抱き締めようとする麓介を、両手を広げ笑顔で抱き締め返していただろう。
しかし恋人とはいえ、家庭教師でもある私は、麓介の為に心を鬼にしてぐっと気持ちを切り替える。

「きちんと勉強して、後で好きなだけ寝ればいいでしょ」
麓介の鞄の中身を机の上に勢い良く出すと、勉強道具にまじってコロリと真新しい消しゴムが転がってきた。
「あれ?どうしたのこれ」
今まで使っていた消しゴムはまだまだ残っていたのになと不思議に思って聞いてみる。
「あぁ、ソレ花巻にもらった」
「ハナマキ?」
「…クラスのやつ」
麓介の言葉の前の一瞬のためらいに、女の勘が働く。
「なるほど、女の子からのプレゼントですか」
「プレゼントじゃねーよ。前、花巻に消しゴム貸してやってその礼にっつって」
「へーえ」
「おい長介子、なんか怒ってねーか?」
怒ってなどいない。
私は自分の余裕の無さに軽く自己嫌悪していただけなのだ。麓介の魅力は顔だけではない。
ぶっきらぼうだけれどとても優しい。

お店で働く歳若い従業員の女性が、自分にもできるようなちょっとしたことを、
さも大変なことのように甘い声を出して麓介に助けを求めることがよくあるが、
麓介は面倒そうな顔も見せず、ごく自然に手伝ってやっていたりするのを何度も目撃したことがある。
お給料もらってるんだから自分でなんとかすればいいのにと、つい嫉妬まじりに考えてしまう。

きっと学校でも同じ調子なんだろうな。
消しゴムをキュッと握りつつ小さくため息を漏らす。
モテてモテて仕方が無いはずだ。
女の子なんてより取りみどり。
こんなちんちくりんで口うるさくてくだらないことでヤキモチ焼いてる私なんて…。
「バーカ」
「なっ、何よバカって!」
消しゴムを握る私の手の上から重ねられる麓介の手。
茶色がかった瞳には私だけがうつっていた。
「俺が好きなのは長介子だかんな」
「うん…」
麓介の手からぬくもりが伝わってくる。
それは体温だけではなく、じんわりと心までほぐしてしまうようなあたたかさで、
どんよりと曇っていた心がみるみる晴れていくように感じた。
「なんならこれから布団の上でたっぷり証明してやるけど」
「さあ勉強勉強!」
「ちぇ」
そっと手のひらを開き、握っていた消しゴムを机に置く。

ありがとね。

心のもやもやを消してしまう嬉しい言葉が聞けたお礼を、声に出さずにそっと消しゴムに呟いた。

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あきゅろす。
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