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silent child


 だって――、僕はお母さんの前では喋っているから。
 だって――、先生達は、僕を“喋れない子”だなんて言わなかったから。

 三者面談でも、家庭訪問でも、先生達は皆こう言った。
「憲太君は少し消極的な所があります。」
「憲太君には積極性が足りませんね。」
「憲太君は内向的に見えます。」

 先生達は皆、言葉を濁した。
 誰もはっきりとは言わなかった。

「あなたの子は、人前では喋らない子なんです。」
「あなたの子は、大和君以外にお友達がいません。」
「あなたの子は、普通とは違います。」

 誰もこんな風に、本当のことを言わなかったんだ。これを濁して言った結果、“消極的な子”、“内向的な子”に収まった。

(僕は、消極的な子なんかじゃ、ないっ!)
(僕は、内向的な子なんかじゃ、ないっ!)

 僕は、先生達の言葉を否定した。
 でも、僕に出来るのは、心の中で叫ぶことと、大和の前で叫ぶことだけ。
 それだと、お母さんに伝わることはないって知っていた。

 それに……、喋れない子だって、本当のことを伝えるのも嫌だった。
 だから――、僕は今までずっと、必死で隠して生活している。先生達も、僕がバレるのを恐れているって知っていて、協力してくれたのかもしれない。


――僕は、知っている。
 お母さんの好きな色も。
 お母さんの好きな食べ物も。
 お母さんの好きなブランドも。
 お母さんの好きなテレビ番組も。
 お母さんの好きな……、僕も。
 僕は、お母さんのことを何でも知っている。

――お母さんは知らない。
 僕の声を知る数少ない人なのに……、何も知らない。
 お母さんが何でも知っているのは、お母さんの“させたい僕”。
 それは、本当の僕じゃない。
 お母さんは、僕のことを何も知らない。


 だけど――、そんなの……、僕のお母さんが悪いわけじゃない。
 お母さんの嫌いな僕を隠し続ける僕が悪いんだ。お母さんの好きな僕を演じる僕が悪いんだ。
 自分の気持ちを伝えられない僕の……、本当の僕を伝えられない僕の、自業自得だって……、僕はちゃんと知っている。


 お母さんは、もう一度、ゆっくり成績表を持ち上げた。僕はどうしていいのか分からなくて、ずっと正座したまま。
「それじゃぁ、憲太は悪くないってことなのね。」
 今まで怒っていたお母さんが、急に冷めた声で言った。

「何て人達かしら。きっと憲太のことが気に入らないんだわ。」
(違うっ! 先生達はそんな考え方しないっ!)
「そう……なのかな……。」

「きっとそうよ! だって、憲太には落ち度なんかないんでしょ? こんなに何でも出来る子なのに、納得いかないわ。」
(違うっ! 僕は喋ることすら出来ないっ!)
「……うん。」


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あきゅろす。
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