silent child
2
だって――、僕はお母さんの前では喋っているから。
だって――、先生達は、僕を“喋れない子”だなんて言わなかったから。
三者面談でも、家庭訪問でも、先生達は皆こう言った。
「憲太君は少し消極的な所があります。」
「憲太君には積極性が足りませんね。」
「憲太君は内向的に見えます。」
先生達は皆、言葉を濁した。
誰もはっきりとは言わなかった。
「あなたの子は、人前では喋らない子なんです。」
「あなたの子は、大和君以外にお友達がいません。」
「あなたの子は、普通とは違います。」
誰もこんな風に、本当のことを言わなかったんだ。これを濁して言った結果、“消極的な子”、“内向的な子”に収まった。
(僕は、消極的な子なんかじゃ、ないっ!)
(僕は、内向的な子なんかじゃ、ないっ!)
僕は、先生達の言葉を否定した。
でも、僕に出来るのは、心の中で叫ぶことと、大和の前で叫ぶことだけ。
それだと、お母さんに伝わることはないって知っていた。
それに……、喋れない子だって、本当のことを伝えるのも嫌だった。
だから――、僕は今までずっと、必死で隠して生活している。先生達も、僕がバレるのを恐れているって知っていて、協力してくれたのかもしれない。
――僕は、知っている。
お母さんの好きな色も。
お母さんの好きな食べ物も。
お母さんの好きなブランドも。
お母さんの好きなテレビ番組も。
お母さんの好きな……、僕も。
僕は、お母さんのことを何でも知っている。
――お母さんは知らない。
僕の声を知る数少ない人なのに……、何も知らない。
お母さんが何でも知っているのは、お母さんの“させたい僕”。
それは、本当の僕じゃない。
お母さんは、僕のことを何も知らない。
だけど――、そんなの……、僕のお母さんが悪いわけじゃない。
お母さんの嫌いな僕を隠し続ける僕が悪いんだ。お母さんの好きな僕を演じる僕が悪いんだ。
自分の気持ちを伝えられない僕の……、本当の僕を伝えられない僕の、自業自得だって……、僕はちゃんと知っている。
お母さんは、もう一度、ゆっくり成績表を持ち上げた。僕はどうしていいのか分からなくて、ずっと正座したまま。
「それじゃぁ、憲太は悪くないってことなのね。」
今まで怒っていたお母さんが、急に冷めた声で言った。
「何て人達かしら。きっと憲太のことが気に入らないんだわ。」
(違うっ! 先生達はそんな考え方しないっ!)
「そう……なのかな……。」
「きっとそうよ! だって、憲太には落ち度なんかないんでしょ? こんなに何でも出来る子なのに、納得いかないわ。」
(違うっ! 僕は喋ることすら出来ないっ!)
「……うん。」
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