silent child
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第4話 『お母さんは知らない』
お母さんは僕のことを、何も知らない。
お母さんの知っている僕は……お母さんのさせたい僕。
だけど僕だって――、お母さんのことを、ちっとも知らなかった。
「憲太。成績表、もらったんでしょ?」
お母さんの言葉に、僕の臆病な心臓は飛び跳ねた。
10月第一週の金曜日――。
僕達の学校は、今日、前期終業式があった。だからもちろん、成績表も配られたわけで……。鞄の中にちゃんと入っている。
だけど――、僕には見せたくない理由があった。
「早く見せなさい。」
(どうしようっ)
お母さんの声は、さっきよりもきつくなった。
早くしないと、もっと機嫌を悪くするだけだって、僕は知っている。
「早く。」
(見せたく……、ないっ)
見せるのが嫌でも、見せなきゃいけない。
機嫌が悪くなった後より、今みせた方がマシだと判断した僕は、急いで成績表を取り出した。
頭の中で、必死に言い訳を考えながら、お母さんにゆっくりと手渡す。
「早く寄こしなさいよ。」
苛立ったお母さんに、僕の手から成績表が引っ手繰られていった。
(まだ、言い訳考えていないのにっ)
――考えなきゃ! 言い訳を、考えなきゃ!
お母さんは、成績表を開いた瞬間――、眉を寄せた。
無言のまま、全てに目を通す。
(どうしようっ、思いつかないっ、どうしようっ)
そして、お母さんは……、
バンッ!!
「これっ!! どういうことよっ!!」
テーブルに成績表ごと手を叩きつけて、僕を睨みつけながら怒鳴った。
お母さんが怒鳴った理由。
そんなの、僕はもちろん知っている。
去年の後期にもらった成績表は、最高点の5ばかりが並んでいた。実技教科以外は、オール5だったから。
だけど今回の成績表は――、ほとんどが4で、一際酷いのが英語。大嫌いな矢口先生の英語。評価は3。
「どういうことなのかって聞いているのよ! 早く答えなさいっ!」
(そんなの、わからないっ!)
先生達が変わったから、評価の仕方が変わったとしかいいようがない。
「アンタッ! ギターなんかやってるからこんなんなるじゃないのっ?!」
(違うっ! ギターは悪くないっ!!)
「大和君みたいな不良なんかと付き合ってるからこんなんなるんじゃないのっ?!」
(違うっ! 大和は悪くないっ!!)
――ギターを、大和を、取り上げられたくないっ!
「僕……っ、ちゃんとテストで満点近くとっているよっ。」
(これは本当)
「じゃぁ、なんでこうなるって言うのよっ?! 提出物は出したのっ?!」
「全部出しているよ。」
(これも本当)
「忘れ物とかしてないでしょうねっ?!」
「そんなのしたことないよ。」
(これも本当)
「あと何よっ?! 発表くらい、ちゃんとしているんでしょうっ?!」
「……出来る、時は……。」
(これは……嘘)
――お母さんは知らない。
僕が人前で喋れないってことを……。
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