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silent child


「ケンターッ! 立てー!」
(……え?)
 マリオはまたもや脈絡もないことを言い出す。

「いつも座ってるだろ? 立って弾いてみると気持ちいいぞー! だから立てー!」
 満面の笑顔でそう言いながら、マリオは雷型の黒い相棒を掴み、ストラップを肩にかける。マリオが相棒を担ぐと……、なんだか様になっていて、ちょっとはそれっぽく見えるから不思議だ。

 「立て立て」騒ぐマリオは、言う通りにしないと収まりそうになかったので、僕もストラップを肩にかけ、その場に立ち上がる。
 相棒を担いだ僕は、マリオみたく様に……、なるわけもない。

 まだ初心者の僕は、相棒を腹の位置にしないと、ちっとも弾くことが出来なくなる。猫背になって、弦を覗きこまないと、どこに何フレットがあるのか分からなくなるから。
 クールにキメているギタリスト達も、初めはこんな情けない立ち姿だったのかと思うと、少し笑える。笑えると思っても、顔には出せないけれど。

「今日はセッションだい! いくぞー!」
 マリオはデッキのスイッチをカチッと押す。

タン. タン.
(始まる……)

タンタンタン
(始まる……)

――僕とマリオだけの音の世界。

ジャジャーーン!ジャジャーン!
ジャジャン,ジャジャン,ジャジャン.

 このフレーズは一緒。僕とマリオの音は一緒。ここから始まる、別々の音。

 マリオの単音ソロと、僕の2音のパワーコード。

 マリオの左手は凄いスピードで弦を滑る。
 僕の左手は小節ごとに動く。

 それだけの差があるのに……、凄く気持ちイイ。まるで本物のギタリストに近づけたかのような、そんな不思議な気分。

 僕がたったの2音も出せなくなると、マリオは音を助けにくる。

「ケンタ! がんばれ!」

ジャジャジャジャジャジャジャジャ
ージャジャジャジャジャジャジャ

 僕のリズムは単調。だけど、少しズラすと意味が分からなくなってくるんだ。
 マリオが僕の近くまでやって来て、ネックを近づけ今押さえるべき位置を見せる。

 マリオと音を重ねると、僕の音も安定してくるから不思議。
 安定したことが分かると、マリオは自分の音に戻っていく。

 僕はただ夢中で、僕の音を聞いて、マリオの音を聞いて……、僕の音を叫ばせる。

「ケンタ! 最後だ! 思いっきりやれっ!」

 最後はまた最初と同じ。二人で一緒の音。

――叫べ! 叫べ! 思いっきり!

 僕とマリオは思いっきり右手を振り下ろす。そして思いっきり叫ばせる。

ジャジャーンッ!!

 ゥォーーンという余韻が残る弦をキュッと押さえれば、返って来る。
 僕とマリオの音で溢れた世界に、無が返って来る。

 返らないのは……、僕の顔の熱だけ。


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あきゅろす。
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