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silent child


「悪いようにしないよ? ちょいと整えてやろうと思ってな。」
 マリオは僕に近づいてきて、「ほれ」と言いながら、左の掌を差し出してくる。

 ケイ先生の白く細長くて綺麗な指先とは全然違う。
 マリオの褐色の指先は、指紋が白く浮き上がってしまう程ボロボロ。こんなにボロボロな指先は見たことが無くて……、実はマリオは、凄く努力しているんだなって思った。

「ほれほれほれーー。早くしないと、くすぐっちゃうよん?」
(えっ? それはヤダ!)
 僕は渋々と掌を開いて、5文字がある面を下にして、マリオの掌に乗っけた。なんとなく、見られるのは恥ずかしかったから……。

「どれどれーー?」
 マリオは右手でひょいとピックを摘み上げて、ひっくり返したり、横から眺めたりしている。

「ケンタは右傾きだ! ケンタのは右に傾いている!」
 そう、その通り。マリオが言っている意味は、僕のピックは右側が削れているということ。

「ケンタのブツは右に傾いている! 手術が必要だ!」
(……?)
 マリオは鞄から紙やすりを取り出した。

「大丈夫だ! おじさんのブツも昔は傾いていたものさ! おじさんに安心してブツを任せなさい!」
(……は?)
 そのやすりを僕のピックに当てる。

「手術を受ければ大丈夫! 元通り、ビンビンに弾くことが出来るぞぃ!」
(……はぁ?)
 そして、そのやすりでしゅっしゅっとピックを削り始めた。「もっとか、もっとか」とか変なことを喚きながら。
(なんか……、下品……)

「出来た! これでビンビンだ!」
 マリオの掌に乗せられている僕のピックは、綺麗に整えられていた。僕はそれに驚いて、無言でピックを摘み上げ、繁々と見つめる。

「ってか、ケンタ! 少しはウケろよ! おじさんがすべったみたいじゃん!」
 マリオはいつも変なことをしたり、言ったりして、僕を笑わせようとしてくる。だけど、僕は一度も笑ったことなんてない。
 その変わり、僕の顔は真っ赤になる。口が緩みそうなのを、息が漏れそうなのを、必死に堪える。

 ケイ先生の前で出来なかったことが、マリオの前で出来るようになるなんて、そんなこと……、あってはいけないと思っていたから。

 だって――、綺麗でカッコよくて優しいケイ先生の方が大好きだったんだから。
 髭面でおじさんで下品なマリオになんか負けるはずがない。

 だけど――僕は知っている。

 マリオはわざと、ふざけたことをしてみせるんだ。
 マリオは僕のために、僕を笑わせようとしてくれているんだ。
 今だって……、ピックの文字を見られるのが恥ずかしいだなんて気持ちは……、どこかへ吹き飛んでしまっていた。

 マリオは僕のために、ふざけたマリオになるってことを……、僕はちゃんと知っている。


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