silent child
3
「悪いようにしないよ? ちょいと整えてやろうと思ってな。」
マリオは僕に近づいてきて、「ほれ」と言いながら、左の掌を差し出してくる。
ケイ先生の白く細長くて綺麗な指先とは全然違う。
マリオの褐色の指先は、指紋が白く浮き上がってしまう程ボロボロ。こんなにボロボロな指先は見たことが無くて……、実はマリオは、凄く努力しているんだなって思った。
「ほれほれほれーー。早くしないと、くすぐっちゃうよん?」
(えっ? それはヤダ!)
僕は渋々と掌を開いて、5文字がある面を下にして、マリオの掌に乗っけた。なんとなく、見られるのは恥ずかしかったから……。
「どれどれーー?」
マリオは右手でひょいとピックを摘み上げて、ひっくり返したり、横から眺めたりしている。
「ケンタは右傾きだ! ケンタのは右に傾いている!」
そう、その通り。マリオが言っている意味は、僕のピックは右側が削れているということ。
「ケンタのブツは右に傾いている! 手術が必要だ!」
(……?)
マリオは鞄から紙やすりを取り出した。
「大丈夫だ! おじさんのブツも昔は傾いていたものさ! おじさんに安心してブツを任せなさい!」
(……は?)
そのやすりを僕のピックに当てる。
「手術を受ければ大丈夫! 元通り、ビンビンに弾くことが出来るぞぃ!」
(……はぁ?)
そして、そのやすりでしゅっしゅっとピックを削り始めた。「もっとか、もっとか」とか変なことを喚きながら。
(なんか……、下品……)
「出来た! これでビンビンだ!」
マリオの掌に乗せられている僕のピックは、綺麗に整えられていた。僕はそれに驚いて、無言でピックを摘み上げ、繁々と見つめる。
「ってか、ケンタ! 少しはウケろよ! おじさんがすべったみたいじゃん!」
マリオはいつも変なことをしたり、言ったりして、僕を笑わせようとしてくる。だけど、僕は一度も笑ったことなんてない。
その変わり、僕の顔は真っ赤になる。口が緩みそうなのを、息が漏れそうなのを、必死に堪える。
ケイ先生の前で出来なかったことが、マリオの前で出来るようになるなんて、そんなこと……、あってはいけないと思っていたから。
だって――、綺麗でカッコよくて優しいケイ先生の方が大好きだったんだから。
髭面でおじさんで下品なマリオになんか負けるはずがない。
だけど――僕は知っている。
マリオはわざと、ふざけたことをしてみせるんだ。
マリオは僕のために、僕を笑わせようとしてくれているんだ。
今だって……、ピックの文字を見られるのが恥ずかしいだなんて気持ちは……、どこかへ吹き飛んでしまっていた。
マリオは僕のために、ふざけたマリオになるってことを……、僕はちゃんと知っている。
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