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silent child


第3話 『新しい先生と初めての仲間』

 人前なのに……、僕は泣いていた。

 悲しかったんじゃない。

 悔しかったんじゃない。

 この感情の名前を――、僕は知らない。






 ギター教室に、新しい先生がやって来た。

 亡くなったケイ先生の代わりに……。

 担当はケイ先生が受け持っていた日曜日。ケイ先生が受け持っていた生徒を、そのままその先生が引き継ぐ。
 もちろんのこと……、その中には僕も含まれている。

 数週間前までは、しょんぼりとしていたお店。
 だけど……、今はすっかり明るいお店に逆戻り。

「アハハ! 丸尾先生ってばウケるー!」
「先生! 今日もアドリブやってみせてよ!」
「先生スゲェ! さすが俺の師匠!」

 みんな笑っていた。
 生徒さん達も、お客さん達も、テツさん含む店員さん達も……。

 僕には分からなかった。

 確かに数週間前までは泣いていたのに……、悲しんでいたのに……、ケイ先生を恋しがっていたのに……。
 今ではそんな気配を微塵も見せず、笑っているみんなのことが……、分からなかった。

――ケイ先生のこと、忘れちゃったの?

 僕は……、笑えない。
 元々人前では笑えないんだけど……、そういう意味ではなくて……。

 綺麗で、カッコよくて、優しくて、大好きだったケイ先生。

 僕にとってのギターの先生と言えば、ケイ先生しかいない。
 アイツは先生だけど……、僕の中では先生なんかじゃない。

 僕の先生は、ケイ先生、ただ一人なんだ。

 僕はアイツのことを、心の中でも、大和の前でも先生だなんて呼んだりしない。


 アイツは丸尾って名前らしい。
 ケイ先生みたいに綺麗なんかじゃなく、平凡な髭面。
 ケイ先生みたいに若くなんかなくて、普通のおじさん。
 ケイ先生みたいに上品じゃなくて、時々下品なことを平気でする。

 そんなアイツのことを、丸尾先生でも、丸尾でもなく……、僕は“マリオ”と呼んでいる。だって、髭の形がそれっぽいから。
 マリオはその事実をもちろん知らない。僕の心の中と、大和の前でしか言わないんだから当たり前だ。


 ケイ先生にはあっという間に懐いた僕。
 マリオには1ヶ月以上接した今でも、懐けそうにない。
 もしかしたら、一生懐くことはないんじゃないかって思っていたりする。

 レッスン室は、大和の前以外で唯一の、僕が僕に、少しだけなれる場であったはず。
 なのに……、今ではすっかり……、外の世界と変わらなくなってしまっていた。

 僕にとって……、マリオの声とマリオの音だけ存在するこの世界は、音で溢れる外の世界と大差ない。僕の感情を……、僕の意思を……、表現することの出来ない世界。

 ただ少しの差があるとすれば、僕のテンションが少し上がるということ。僕の顔がいつもより頻繁に熱くなるということ。
 これはギターのおかげであって、断じてマリオのおかげではないはず。多分……。


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