silent child
7
「また来週ね。待ってるから。」
綺麗でカッコいい笑顔で……、ケイ先生は、手を軽く上げながら言う。
先生がお店の方へと振り返る。
(先生が……、行っちゃうっ!)
「ケンタ君……?」
僕の手は、勝手に先生の服を引っ張っていた。先生は、驚いたような、困ったような顔で、僕の方を振り向く。
――言わなきゃ。あの5文字を。
そう思って、口を薄っすらと開けるんだけど……、僕の口からは音が出なかった。
微かに、ひゅーひゅーと息が漏れる音が聞こえるだけ。
絶対に言いたい。
今日こそは絶対に言いたい。
だって――、先生は僕にジュースを奢ってくれた。
だって――、先生は今日、30分もサービスしてくれた。
お願いだから……、言って。お願いだから……、音になって。たったの5文字なんだよ……?
結局僕は――、言えなかった。
たったの5文字なのに……、そんなことも音に出来ない僕。
凄く悔しかった。凄くダサかった。
先生の時間を5分無駄にした。僕はその事実に気付き、先生の服から慌てて手を離す。
先生は、そんな僕に優しかった。また、いつかのように僕の頭をポンポンと軽く叩く。
「分かってるから。ちゃんと分かってるから。」
僕の顔をじっと覗き込んで、そう言った。
――ケイ先生、大好き。
僕は最後にケイ先生に向けて、大きくお辞儀をした。これが今の僕の……、精一杯。
ケイ先生は、ひらひらと僕に手を振って、お店に戻って行った。
恥ずかしくて……、顔が熱くて……、また自転車を全力で漕ぎまくってお家に帰った。
お家に帰ってから、今日のレッスンの復習をしようと思い、僕の相棒をケースから取り出す。
僕の相棒の、2フレットと3フレットの間に、白いピックが挟まっていた。
(しまった! 返すのを忘れてた!)
この真っ白のピックは僕のじゃない。ケイ先生の。
抜けてる僕は、自分のピックを忘れてしまい、今日だけケイ先生のピックをかりた。
そのピックを弦の間から抜き取り、マジマジと眺める。
真っ白だと思っていたそれには、薄っすらと英字が見え隠れしていた。
真っ白になりかけているのは、ケイ先生の努力の証。これを使って、何度も何度も練習を繰り返したんだろう。
「ありがとう。」
ケイ先生の前で言えなかった5文字を、白いピックに代わりに伝えた。
その日僕は、ずっと、その白いピックで弦を弾きまくった。
――叫べ! 叫べ! 叫びまくれ!
頭の中で“ありがとう”の5文字を思い浮かべながら。
次こそは何となく言える気がした。次のレッスンで、このピックを返す時こそ……、絶対にあの5文字を言おう。
僕はそう決心した。
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