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silent child


 初日の今日は、ケイ先生の自己紹介が半分くらい。そして残りの半分は、ギターの部位の名前や、基本的な使い方くらいしか習わなかった。

 それでも、なんだか本格的になってきた感じがして、興奮が冷め止まなかった。

 最後に少しだけ、ケイ先生が弾いてみせてくれた。
 おっとりしたケイ先生が弾いてみせたのは、スピード感のある、わりと激しいフレーズ。
――先生のギターは音を叫ぶ、叫ぶ、叫びまくる。

 信じられないくらいの速さで、白く細長い指が弦の上を滑っていく。弦を持ち上げたり、揺らしたりするのは、多分テクニックってヤツなんだと思う。
 最後に、ピックを弦に沿ってギュルルルと滑らせてから、右手を元の位置に戻し思いっきりジャーンと弾いて終わった。

 音で溢れていた世界に、無が返ってくる。

 実際には聞こえないのだけれど、僕の心臓だけが、バクバクと音を立てているような気がした。

「っていう感じ。はい、今日のレッスンはお終い。」

――凄い! 先生は凄い!

 まだギター初心者の僕には、どう凄いのかなんて分からないんだけど……、ただ凄いってことだけは分かった。
 優しくて綺麗なケイ先生。優しいだけじゃなくて、綺麗なだけじゃなくて……、荒々しくて、激しくて、凄くて……、とにかくカッコ良かった。

 僕はケイ先生を見つめたまま、暫く椅子に座っていた。

「ケンタ君……? 終わりだよー。」

 そうだ。終わりだ。

 僕のレッスンは一回一時間。一時間だけ感じることの出来る世界。
 優しくて、綺麗で、カッコ良いケイ先生と二人で居られるのは一時間限定。ケイ先生の声と、ケイ先生の音だけの世界に居られるのは、一時間限定。

 僕は、この部屋から出て行かなくてはいけない。人々で溢れて、ざわざわと日常生活の音溢れる元の世界へ。

 僕は自分の荷物を纏め、席を立つ。ケイ先生の前まで歩いていき、そこで止まった。

(言わなきゃ……)
 あの5文字を……、ケイ先生に言いたい。凄く楽しくて、ドキドキした一時間だったから……、どうしても言いたい。そんな一時間をプレゼントしてくれた先生に……、どうしても伝えたい。

 それなのに――、僕はやっぱり音を出すことが出来なかった。
 たったの5文字なのに……っ、1文字すら音にならないんだ……。

 僕はちっとも変わっていない。

 いつかのように……、僕は先生の前で真っ赤になって下を向く。

 どうして僕は変われないんだろう?

 先生は僕の頭をポンポンと軽く叩いてから、僕の代わりに音を出した。

「また来週ね。待ってるから。」

 そう言って、扉を開けてくれる。一気に店内のざわざわという音で溢れ返る。僕はコクリと頷いて、現実世界へと戻っていった。


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あきゅろす。
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