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silent child


第2話 『遅すぎた“ありがとう”』

次こそは……、言おうと思った。

音に出して……、伝えたかった。

きっとこの思い出だけは、一生忘れられない――。






 僕は沢山の習い事をしている。

 ピアノに、習字に、水泳に、英語に、塾に、家庭教師……。

 どれも、僕が“したかった”ことじゃない。
 全部、お母さんが“させたかった”こと。

 今までは嫌々ながらも行っていたそれらが、今は面倒くさくて堪らない。邪魔くさくて堪らない。

 今の僕には、“したいこと”があったから。

 初めて出来た僕のしたいこと。
 それは――、エレキギター。

 出来ることなら、ずっとコイツに触っていたい。もっともっと練習して、上手くなりたい。
 それなのに……、僕の平日の夕方は全て、習い事で埋め尽くされていた。

 どうせ習い事をするなら、僕のしたいことがイイ。どうせならギター教室に通いたい。

 だけど――、僕は知っている。

 僕のお母さんが悪いわけじゃない。
 僕の気持ちを声に出来ない僕が悪いんだ。

 気持ちを声で表せない僕の……、やりたくないって音に出来ない僕の、自業自得だって……、僕はちゃんと知っている。


*****



 僕は今日、勝負に出ることを決意していた――。

 なぜなら、お母さんは今日、何となく機嫌が良いように見えたから。
 今日がチャンスだ。そう思った。

 今は夕飯を食べているところ。お母さんは、僕の丁度正面に座っている。

「お母さん、僕ね……。」
(言え! 言うんだ!)
「憲太、何?」
 やっぱり機嫌が良いようで、お母さんは笑顔で聞き返してくる。
 そのことに安心して、僕は思い切って言ってみた。

「僕ね――、ギター教室に通いたい。」
――言えた。やっと言えた。

 言えたことに一息ついて、お母さんの顔を見たら、眉間に皺が出来ていた。

「月謝、高いんじゃないの?」
(お母さんのブランド物より、よっぽど安いよ)
「月、一万円くらい。」

 お母さんの眉間の皺は、もっと深くなった。

「アンタの習い事でいくらかかっていると思ってんのよ?」
(僕がやりたかったわけじゃない!)
「お小遣い……、無しでいいから。」

 お母さんの声が低くなって、機嫌が悪くなってるって気付いていたけど、どうしても引き下がりたくなかった。

「アンタ、月〜日まで習い事で埋まるわよ? 休みなくなるじゃない、大丈夫なの?」
「……大丈夫だよ。」
(本当は、他の習い事なんて辞めちゃいたい!)

「勝手にすればいいわ。」

 お母さんの機嫌は、著しく損ねてしまったけれど、したいことが出来ることになった。

 僕の休みとお小遣いと引き換えに……。

 それでも――、嬉しかった。僕はそれだけ、ギターに夢中になっていたんだ。


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あきゅろす。
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