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謙也視点
ホームルーム前とあって徐々に埋まる生徒の席。
その中で俺はどうも気が晴れず、高速貧乏揺すりをしている。

「あの子は何者や」

白石の机に近寄り、自分が抱える疑問を吐き出す。

「直接聞いたほうが早いわ」
「聞けるか! 名前教えてもないんに知られとんやで」

女子は普段俺を、くん付けで呼ぶ。
それをあの人物の呼び捨て発言が破ったからこそ強く残っていた。

「テニス部は調べたから分かる言うてた」
「他校が送り込んだスパイかもしれんやん」
「思い過ごしやろ」
「ちゃうわ!」

スパイ目的でわざわざ転校とは考えがたいが、切羽詰まった頭で他の理由は浮かばなかった。
一度気になったことは真相を確かめるまで追究し続ける。
そういうタイプの人間には効かないがしっしっ、と白石は手を払った。
何を熱く訴えているか周りのクラスメートも不思議がる。
幸い、元凶が席を空けていて騒ぎにならず済んだ。

「せや、今年はマネージャー期待できるで。オサムちゃんの話やと」
「は!?」

隣の空席に目を落とす様子からして、テニス部のことだと感づいた。
ついでに今日、部活を見学する約束をしたと知らされる。
肘をついて黒板の方に向き直る穏やかな顔つきが、冗談ではないことを告げる。
ちょうど噂の子が教室に現れた頃、時刻は四時を回った。
二人は会話の声を小さめに落とし、やがて絶えさせた。
部活中、部員は突き刺さるような視線に気を散らす。
練習風景が珍しいのか、興奮している女子が一名。
フェンス越しの距離感を微塵も感じさせないそれは、ますます俺を追い込んでいった。
何で今更マネージャーを……。

「顧問の気まぐれでな」
「エスパーかい。ま、あの人柄や。だいたい想像はつく」

落ち着いた側に近づく影。
両者揃って向く方向は同じだ。
金太郎と戯れる砕けた笑顔の少女へ。

「ワイが回り道したから遅刻してもうて。すまんかった」
「金ちゃんのおかげで学校行けたんだよ。回り道、万歳!」
「おかげ?」
「うん。登校は今日が初めてでね」

そこに部員が顔を伏せて重い足取りで歩み寄る。
その姿は寂しくも見えたが、落ち込んでいるのではなく怒っているようだ。
頭に巻いたバンダナを触り、フェンスにもたれるぶっきらぼうな態度に、やれやれといった感じで声をかけた。

「機嫌悪いな」
「あいつ、なんや腹立つ」

不満たらたらなこの男の名は一氏ユウジ。
指差した奥のコートでは華やかさとは違う様が繰り広げられている。

「転校生なんやね。そうだ、希紀ちゃんって呼んでええかな」
「いいけどそれ」
「やった! 仲良うしましょうね」

転校生に猛烈アピールを送る坊主頭は金色小春という。
ちょんまげのカツラを被せようと必死だ。
とにかく全力で断り、被害は受けなかった。

「どっちが」
「女。小春も食いつきすぎやっちゅーねん」

一氏の目にはそれが、いちゃついているふうにしか映らない。

「浮気や。小春に色目使いやがって、あの野郎許さへん」

取り出した星形の眼鏡とマジックで、こそこそと小細工を仕込む。
透明なレンズを真っ赤に塗り潰し、装着してさらに歯がゆがる。
色目と色眼鏡をかけたボケだ。
つっこんでおくか。
自分に言い聞かせる素振りで、的確なツッコミを返す。

「野郎っちゅーか女やからな。正しくは女郎やで」

散らばったレギュラーが好き勝手に過ごしている間、コートは主に下級生が使っていた。

「どうでもええわ。あの野郎何者や」
「お前のボケの方がどうでもええわ!」
「オサムちゃんがマネージャーにしたがっとる子」

一瞬誰が喋ったか分からず振り返り、正体を確認する。
最後に声を発したのはそれまで黙っていた白石だった。
テニス部は彼と彼の口から出た人物中心に動くため、どちらかが言ったとあれば決まったも同然。
だが俺だけは、やはり腑に落ちない。
転校生のわりに怪しい態度。
単に人見知りをしない性格だとしても警戒せずにいられなかった。

「お前、シャイな面が先走っていろいろ葛藤しとるけど見てみ。普通の子やで」

そんな心情をずばり言い当てられる。
本当は少し話してみたかった。
転校生に興味を示さないなんて嘘だ。
教室では周囲の空気に圧されていたことに気づく。

「帰ろか、希紀」
「皆さん失礼しました」

礼儀正しく帰っていくのはいいが、まだ部活の真っ最中。
財前はさぼる癖があるにせよ、なぜあの子を誘うのだろう。
部員たちは疑問符を浮かべた。





To be continued.
20080227

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あきゅろす。
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