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負かしたる
ガムを……いや、足止めを食らってどのくらい経っただろう。
二人とも私の前で笑ってはいるけど、表情は少し違う気がした。
“ニコニコ”な丸井くんと“ニヤニヤ”な仁王くん。
さあ、あなたはどちらを選びますか。
などと見えない相手に問いかけていたら、後頭部を誰かにデコピンされ、鈍い痛みに襲われた。

「あ、財前くん!」

振り向くと見慣れたジャージが視界に入り、視線を上げればピアスの彼。

「あほ。不審者と絡むなや」

怒っているのか、目を細めて威圧感たっぷりに立海のお二人さんと対峙する。
私の隣にある財前くんの横顔は、本当に不審者を見るような不快度マックスを表していて若干怖かった。

「お、こないだの奴じゃん。別に俺ら不審者じゃないぜい」

それとは対照的にケロッと否定するのは丸井くん。
私は両者を取り巻く雰囲気にいたたまれなくなって、仁王くんに目で助けを求めた。
口笛を吹き、よそ見をしたところを見るに、手を貸す気はないらしい。

「ごめん、まだ千歳くんが……」
「もう全員揃っとるわ。あとあんただけや」

いつの間にか私一人が置き去りになっていたようだ。
探しに行かなくても戻ってきたということは、誰も捜索に動かなくても良かったのでは……。
考えが巡る中、今ここで丸井くんと仁王くんに会えたわけだから、結果オーライだと前向きに捉えることにした。

「どう見ても不審者っスわ。よそのマネージャーにちょっかいかけて」
「ちょっかいって……ガムの新味試してもらっただけだし」

これ以上この場にとどまる理由もなくなり、会話の切れ目を待っていると、それまで黙って様子をうかがっていた仁王くんが口を開いた。

「もう迎えが来たとは寂しいのう。もっとお前さんと遊びたかったんじゃが……」

私にかけてくる言葉がいちいち誘惑に思えて耳を塞ぎたくなる。
すると、突如流れる着信音に乗せ、仁王くんは自らのポケットに手を突っ込んだ。

「うちの部長からお呼び出しぜよ」

まるで自分の携帯電話が鳴ることをわかっていたかのようにつなげた会話。
取り出した携帯電話の画面を見ず、私たちにそう告げた。

「幸村くんから? 早く出ろよ」
「プリッ。じゃあの、桧之さん」

名言“プリッ”いただきました。
ありがとうございます。
タイミング良く電話をくれた幸村くんに、心の中でお礼を言う。

「立海が今年も優勝するぜい。そっちも上がってこいよ」

止んでいた風がまた吹き出す。
サラッと優勝宣言を残し、去っていく二人を見送るように。
私がここを通らなければ彼の余裕ぶりを見ることも聞くこともできなかったかもしれない。
そう考えると、ますますこの会場は貴重な体験が眠るお花畑に思えてきた。

「ごめん。銀髪に弱くて雑談しちゃった」
「銀髪ならひょろひょろついて行くんか? 俺が銀に染めてもついてこんくせに」
「喜んでついていくけど財前くんは黒髪がいい!」
「そんなんどうでもええ。立海、負かしたる」

財前くんの銀髪姿を妄想しながら、四天宝寺のみんなが待機している場所に戻った。
時間ギリギリだったらしく、白石くんに理由を聞かれた私は財前くんに目で訴えると無言で目をそらされた。
どうやらテニプリの皆様方は萌え博士の心を折るスルースキルをお持ちのようだ。
諦めて素直に立海レギュラーとお喋りしていて遅くなったことを打ち明けようとした。
そんな私を行動を止めたのは、行方知れずだった当の本人による一声で。

「桧之さん」

ものすごく久しぶりに声を聞いた気がして、一瞬で振り向く。
背が高いからすぐに視線が合わず、私が見上げる形になった。

「千歳くん! 良かった」

気まぐれに辺りをうろつく人であることは知っていたけど、戻ってくるのも気まぐれだ。
そこも素敵な魅力の一つ。
今度一緒にぶらり旅でもしませんか。
そう、私はこの世界でいろいろな人のさまざまな発見を胸にしまって生きる女、桧之希紀。
一分一秒でもキャラと長く過ごし、萌え補給に心血を注ぎたいのだ。

「聞いたばい。俺探して走り回ってくれたと?」
「そんな申し訳なさそうに言わなくても……」
「ありがとう」

心配そうに眉を下げたかと思えば、続けて笑顔に変わり、私の感覚を揺さぶった。
いつも涼しい顔で静かに微笑んでくれる千歳くん。
急に歯を見せて笑うのは反則です。
どうもありがとうございます。
仁王くんとは比べ物にならないほど醜いにやけ顔を晒しながら、アリーナコートの中へと突き進んでいく。
間もなく始まる全国大会。
待ち受けているのは勝利か、敗北か、はたまたドキドキワクワクな展開か。
個人的には三つ目の選択肢を希望している。





To be continued.
20180528

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あきゅろす。
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