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おもしろい女
千歳くんを探しに走っていたはずだった。
ダッシュで飛ばす足を一声で容易に止めたその人は、人の波をかき分けて私の元に進んでくる。
左前方から徐々に距離が縮み、あと五メートルくらいまで先に差し掛かった頃。
もう自分の頭の中にあったオサムちゃんの指令は抹消されつつあった。
声をかけられたことに両手を挙げて喜びたい気持ちも山々だが、同時に少し恥ずかしくなって、地に視線を落とす。
心拍数が上昇した後の呼吸の乱れがばれないよう、頬を叩いてみた。

「久しぶりだな」
「お、お久しぶり、です」

しどろもどろな返答になりそうで一言しか喋れない。
そんな私の動揺を知ってか知らずか、丸井くんは太陽よりも眩しい笑顔を向けてきた。
ただ挨拶をしているだけにもかかわらず、この破壊力は凄まじい。
鳳くん。
私はあなたに再び出会うまで、心臓が無事である自信がありません。

「誰じゃ?」

ピクピクッ。
いつぶりだろう。
丸井くんの後ろから登場した何者かの声に、萌えセンサーが発動した。

「四天宝寺のマネージャーだよ」
「四天宝寺? ああ、噂の」

麗しい銀髪。
鋭い眼光。
軽やかな口ぶり。

「仁王くんだ……」

立海大の詐欺師こと、仁王雅治くんがいる。
思わず呟いてしまった。

「いつ名乗ったかのう? はじめましてのはずじゃが」

そこでハッと我に返る。
だめだだめだ。
いくら誘惑の多いこの世界でも、これ以上誰かとお近づきになれば、身が持つ保証はない。
平常心、平常心、と口を押さえて何度も心に言い聞かせる。

「それより何やってんだよ。もうすぐ入場だろい?」

“だろい”いただきました。
そこで忘れかけていた自分の目的を思い出し、
お互いに言えることだろうけど、ここで立ち話を長引かせてはまずいと思い、やんわりと進言してみる。

「私、人を探してまして、そろそろお時間が……」
「なるほど。ついてきんしゃい」

その甲斐虚しく、仁王くんに腕を掴まれ、連れ去られそうになった。
お巡りさん、誘拐犯はこちらです。
辺りを見回しても警備員さんが私たちの絡みを見ているだけで、動く気配はない。
まるで、未遂で終わることがわかっているかのようだ。

「ちょっ、仁王待てよ!」

真夏のせいか、お巡りさん(仮)丸井くんによって引き離された手が掴んでいた部分が熱を帯びてくるのがわかる。
危うく誘拐されるところだった。
丸井くんは風船ガムをプクーッと膨らませ、何やら不満げな様子で私と仁王くんの間に立つ。

「あんま近づくなよ。桧之さんは俺とガム買いに行くんだよ」
「時間がないのに……か?」
「お前こそ初対面でさらうなって。失礼だろい」

言い合いの途中、仁王くんが髪をかき上げ、ニヤリと笑った。

「あ、あの……」
「何じゃ」
「なぜそんなに見つめてくるんでしょうか」

そして、切れ長の目が私をまっすぐに捉えてくる。
息の根を止められてしまいそうな視線に射抜かれ、目をそらせずにただ立ち尽くしていた。

「お前さんが気になったんじゃ。さ、たっぷり分析させてもらうぜよ」

ぶ・ん・せ・き。
むしろ私がさせていただきたい。
仁王くんが丸井くんにこっそり耳打ちしているうちに、二人の分析もとい妄想を巡らせる。
すると、ポケットから何かを取り出した丸井くんが握り拳を突き出してきた。

「これやるよ。この前のお礼な」
「え?」
「期間限定の不思議マスカット味!」

私に渡すつもりだと感じて手のひらを差し出すと、ガムらしき物が降ってくる。

「食ってみろよ。うまいぜぃ」
「あああ、ありがとう!」

いただきます、と素直に餌付けされた。
恐らく丸井くんは以前私が渡したガムのお礼をしてくれたというのに、財前くんに××サブレのお礼をまだもらっていない問題を思い出して急速に頭の中が財前くんでいっぱいになる。

「ぶっ、何これっ!? なんか……パチパチくる! ぶぇっ……」

財前くん畑状態になった脳に刺激が与えられ、小さなくしゃみのようなものが顔の下半分を襲う。
原因は口に入れたばかりのガムだとわかり、吐き出そうとしたけど、丸井くんに申し訳なくて我慢して飲み込んだ。

「かわいい反応サンキュー! やっぱ桧之さんっておもしれぇ!」
「ククッ……」
「さすが、大阪にいるだけあるな!」
「おもしろい女じゃ」

私を策略にはめたのは、悪戯に笑う詐欺師だ。
四天宝寺にはいないタイプの不敵さに、密かな萌えを覚える萌え博士であった。





To be continued.
20180417

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