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かわされるばい
ミーンミンミンミン。
ミーンミンミンミン。
蝉(せみ)がいろいろな木にへばりつき、鳴き声を響かせる。
なんて暑さだ。
八月に入って気温が上昇している。
猛烈に冷たい物を欲する季節は夏以外なかろう。

「希紀、オサムちゃんがかき氷器買うてきたで!」

ご機嫌な金ちゃんがタオルを三枚肩にぶら下げ、私の所に来た。
輩はかき氷というフレーズを聞きつけて一斉に群がる。
かき氷を乗せる皿みたいなあれがたくさんあるし、なくなる心配はないと思い込んで人間観察に明け暮れた。
だが、これといったアハハな収穫は掴めず。

「小春、俺の隣座れ」
「はいはいダーリン」

男同士ながらラブラブであらせられる小春姫とユウジ彦の様子を心のカメラで撮ってみた。
そして夏のオアシス、かき氷器へと足が向く。
やっと食べる時を迎えるのだ。
むさ苦しい屋外の空気よ、さらば。
だが、これといった皿みたいなあれはなく。

「希紀はんの分が足らんようやな」

よくぞ気がついてくれた。
私の存在はアウトオブ眼中な雰囲気を漂わせる王子さん方ばかりで困ってたんだ。
ありがとう、石田くん。

「金ちゃんが五杯食っとるたい」
「うまいもん!」
「確かにうまいわ。この銀、百八杯食うてわかったで」

石田くん?
それはツッコミを待っているボケの芽?
誰か摘んであげて。
冗談を言う石田くんなんて、おもしろすぎてお腹が痛い。

「排出口に口付けたら皿みたいなあれいらずで済むで」
「あ、それいい……って良くないよ!」

通り過ぎざまに後ろでぼそっと余計な一言を置いていく財前くんは、欠伸が止まらず眠そうだ。
本当は「直接氷が胃袋に押し寄せてくるわ!」とつっこんでやりたいが、私はノリツッコミのほうが向いてる。
このままからかわれて終わるのもなんだか悔しくて、返す言葉をかけたくなり一歩前に出た。
世界中の勇気よ、我が身に集え。

「今度君のドリンクにかき氷混入するよ」

日頃の鬱憤晴らしがこもった百点満点の反抗だ。
これで奴は何も言えまい。

「溶けるで」
「はっ、そうだった!」

しかし、四文字の防御力が上回ったため、簡単にあしらわれてしまった。
それも自信満々な顔つきで。
こんな男にきゃあきゃあ声を上げる子の気が知れない。
私が勝手に拗ねているだけだけれど。
生意気な笑みを浮かべてどこかに消える背中を眺める作戦開始早々、下駄の音は近づいてきた。
振り向けば予想通り、九州男児の登場だ。

「千歳くん。私に勇気という名の矢を放って」
「楯でかわされるばい」

涼しい顔でつっこまれちゃおしまいさ。

「ばってん財前も楽しかっちゃない?」
「全然そうは見えません。意地悪で毒舌で優しさもかわいげもなくて」
「桧之さんがおらんかった時よか明るくなったたい」

あれが明るいなら、常に真っ暗なはずのブラックホールも明るいよ。
財前くんはきっと私がいてもいなくても変わらないだろう。
好かれてなさそうだし、千歳くんのほうがよっぽど一緒にいやすい。
その証拠に……。

「桧之ー! こんなもんでええか!?」

オサムちゃんが何かを片手に叫びながら走ってきて、私の顔面に勢い良くブシューっと何かを噴き出した。
滴り落ちる液体は溶けたかき氷である。
かき氷器の威力を思い知らされ、立ち尽くす。

「や、すまんすまん。財前くんが桧之の分がないっちゅーから」

わざわざ用意してくれてありがとう、オサムちゃん。
離れた所からこちらの様子を見つつ、舌をべっと出す野郎の勝ち誇った顔は見なかったことにしよう。
今日は皿みたいなあれのおかげで、かき氷器を持って濡れたまま一人で家に帰るという初体験を経験した。
たとえ地球がひっくり返ろうと、家でかき氷は作りたくない。
飛び入り参加ありがとう、オサムちゃん。





To be continued.
20101128

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あきゅろす。
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