ふたつかたた者
「全国大会頑張ってください!」
「わ、私は何もしませんけれども」
黄色い歓声が飛びます飛びます。
もちろん私目当てではない。
「声が届かへんのでぇ、あそこのちっさい子が言うとったって白石先輩に伝えてほしいんですよぉ」
「あ、忍足先輩にもよろしくお願いしまーす」
自分アピールに必死な清き乙女の溜まり場と化すテニスコート。
ベンチに腰かけドリンクを飲む男どもが彼女らを相手にせず、トイレに行きたくなって校舎へ急ぐ萌え博士が捕まったのだ。
「千歳先輩どこですかぁ?」
「えっと、たぶんトイレかな」
だから私も早く行かせてほしい。
しかし右も左も金切り声のお嬢さん方に取り囲まれ、それは困難である。
話を聞くにとにかくマセた子ばかりで、携帯の番号やメルアドが知りたいなどと一方的な頼み事をされた。
謙也なら教えてもらえるかな、なんとなく。
「マネージャーさーん」
ついに私が呼ばれて、精一杯作った笑顔で声がした斜め四十七度前方を向く。
「財前先輩が受け取ってくれんかったんでこれ、買ってくれませんか?」
ざ・い・ぜ・ん・ひ・か・る……。
「はぁ」
カエルの置物を買わされそうになり、慌ててテニスコートに戻った。
「対応お疲れさん」
そしたらポンッと私の肩に手を乗せる白石くんが“何でも吐き出し屋”に見えた。
「むちゃくちゃだ。凄まじい勢いで体力削られる」
「関西大会でもわかったと思うけど、レギュラー以外の部員からのヤジも覚悟しとき」
にぎわうのは大歓迎だけど、八つ当たり系ヤジは勘弁だ。
よく考えてみると、四天宝寺の女子は騒がしいわりに大人しいな。
氷帝あたりはファンクラブがあっていろいろうるさそう。
「あ、謙也」
「おわっ」
携帯を持ったまま目の前を通過したため、思わず呼び止めてしまった。
どうしよう。
メルアドなんて聞いた日にゃさらに怪しまれるはず。
「な、何や」
話題を他に持っていく。
それが先決である。
「あそこのちっさい子が『よろしくって伝えろボケ』ってさ」
「こらこら。そんな感じに言うた?」
「すみません。もっとかわいく言いました」
背後の白石くんに優しく叱られ、素直に謝る。
というかファンとの会話も聞いてたんだ。
“うかつに喋るべからず”とメモしつつ顔だけ振り返り、なぜか敬礼してみた。
「俺の従兄弟が東京におんねん」
「うん」
「そいつがうちのマネージャー見たいらしいわ」
「マネージャーねぇ……って私ですがな!」
「今月会えるの密かに楽しみにしとるで」
さっき大きな声で話していた電話の相手は、かの有名な人物だったようだ。
恐れ多くもまさか私と会うのが楽しみだとか、本当に夢物語ではなかろうか。
忍足くん……って、ひょ……氷帝?
想像した末、体が熱に支配される。
「顔が赤いで桧之さん。緊張しいやな」
何か声に出さなくてはりんごと化し、白雪姫にかじられておしまいだ。
ひとまず氷帝の忍足くんに向けて挨拶の練習を試みる。
「そんな……ふたつかたた者ですが、どうぞお手柔らかに」
「ふつつか者な。桧之さん、いっつもおもろいし飽きひんわ」
ああっ、眩しい。
噛みまくりのふたつかたた者へ、ありがたい言葉。
石田くんじゃないのに、笑顔に拝まなければならない気持ちを生じさせる魅惑が詰まっている。
トイレに行くことなども忘れさせてくれるもよおし払拭効果も抜群。
……なわけはないので、トイレへ急ぐ。
その途端女子が私の周りに群がり、再びふりだしに戻るのであった。
To be continued.
20101104
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