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幸先ええスタート
現在、テニス部はとても大切な時期だ。
関西大会を来週に控え、練習内容が本格的なものへと変わった。
もちろん誰もぴりぴりしてなくて、部員の周りには日々お笑いの話題が飛び交う。
少し先の展開まで知っている私は、不思議な感覚のままついていくことになる。

「じゃあ去年は関東大会見に行ったんだ」
「行きたそうやな」

白石くんと今後についての話をしていたら図星をつかれた。
視察、か。
今年は私が燃えた試合も繰り広げられるし、もちろん行ってみたい。
丸井くんたち、元気かな。
考えるだけ考えて気持ちを落ち着かせた。

「白石。明日のことでちょっとええか」
「許可が必要や。桧之さん」
「了解。趣味は何ですか」
「ボ、ボウリングやけど」
「今度おすすめのボウリング場教えてね。はいどうぞ、お通りください!」

許可証代わりのただの紙にそう書き、にこやかな表情を作って手渡す。
ノリに従って趣味を明かしてくれるとは、小石川くんは空気を読めるキャラだ。
困り顔で受け取ってもらうのも申し訳ないから、私はそそくさと移動した。

「希紀、ワイのラケット知らん?」
「しょってるよ」
「あ、ほんまや。すっかり忘れとったわぁ」

かわいいかわいいかわいいかわ……ゴホン。
相変わらず純真無垢なこの男の子を連れて帰りたい。
夕焼け空へ羽ばたくカラスの群れに、「お持ち帰りしちゃいなよ」と誘惑されているように思えてくる。
ふっ、甘いな。
ここテニプリの世界で自分自身、欲に目がくらむ行動を抑制できつつあるのだ。

「よっしゃ、集まれ青少年たち! そんで謙也は来い!」

オサムちゃんが全員に指示を出した。
前はレギュラー陣が横一列に並び、数メートル下がった後ろは平部員がばらばらに立つ。
私はというと、その間に挟まれた場所で様子をうかがう。
すると、浪速のスピードスターが全身の骨を鳴らしながらスタートラインについた。

「ちゃっちゃと一周いきまっせ!」

ストップウォッチを構える小春ちゃん。

「よーい、どん!」

誰か私に何が起きているのか教えてください。
部活中だぞ、とつっこむ勇気はありません。
学校を囲う壁スレスレのところをすごい勢いで走り出す謙也の肩から、火花が上がっている気がします。
どうやら服が摩擦したものと思われ、危険です。

「四十秒やね。惚・れ・る・わ」
「俺もやったるで。見とけ小春」

驚くべき記録を目の当たりにして、屈伸で温めた足で砂利を蹴り払う。
自分も走る気満々といった顔つきの一氏くんが……。

「よーい、どん!」
「おっしゃあああ……ってできるかどあほ!!」

二秒で戻ってきた。

「学校の敷地内走って四十秒で帰って来れるその体は化けもんっちゅー話や!」
「俺の声まねすんなっちゅー話や!」

ぎゃあぎゃあ言い争いをおっ始める。
間違いなく壁と服両方にあった黒く焦げた箇所が消えたのは、ギャグ漫画的な仕様と捉えておこう。

「何これ」
「幸先ええスタートが切れるように笑いの」
「部長の番スよ。のんきに解説しとる暇あるんなら早よ終わらせてほしいっスわ」

解説する白石くんをばっさり切った財前くんが私の隣に来た。
つまりゲン担ぎの類だろうか。
謙也のように勢いに乗って駆け抜け、優勝まで上り詰めろ、と。

「勝ったモン勝ちや!」

みんなの前で右手の拳を振り上げて叫ぶ白石くんに、オサムちゃんは笑った。

「ドンドンドドドン四天宝寺!!」

熱い声に振り向けば、心強い部員の応援。
なんだか異常に士気が高まる場の雰囲気に一体感を感じざるをえない。
それと、部活はいつ再開されるんでしょうか。
怒涛の七月は、まだ始まったばかり。





To be continued.
20100307

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あきゅろす。
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