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一緒に寝てや
街灯の明かりに照らされた道を進む。
何の誘いだろう。
胸を躍らせてさまざまな妄想にふける私の前方に、横長な店舗が見えた。
買い物客が次々出入りするスーパーマーケットだ。

「ここおっとって」

この蒸し暑い中、外で待っていろと酷なことを言う。
ぽつんと待ちながら肩を落とし、ペットの気分を味わう私は「待て」のしつけを忠実に守る彼らに感心した。
店から出てくるのは見知らぬ人ばかり。
そうこうしているうちに、唯一顔も名前も分かる人が買い物袋を手に歩み寄ってくる。
形なき尻尾を振った。

「もう七月か。関西大会があるけん、忙しくなるとよ」
「か、関西大会……」

息遣い荒く、帰路に就く。
彼にちなんで“千里の道”とでも名付けようか。
ありったけの袋を両手に持たされ、先の見えない目的地へいざ行かん。
これはおそらく一種の試練だ。
私の反応次第で今後の扱いが変わる確率、無限大。
サディストじみた行動には黙って従うが吉である。

「桧之さんは我慢強かばい」
「私は千歳くんの家……いえ、千歳くんの行きたい所なら最果ての地平線までも、袋を担いでお供する所存です」
「俺の家までたい」

直答に思わず転んでしまった。
まさかどさくさに紛れてそれが狙いだったのか君は。
擦りむいた膝小僧に数回息を吹きかけ、立ち上がる。

「使ってよかよ」

私がけがするのをまるで分かっていたかのように、ポケットから消毒液と絆創膏を取り出した。
優しい。
千歳くんが優しい。
迷わずお言葉に甘えさせてもらった。

「ありがとうありがとう。出血も何もしてないけどありがとう」
「感謝ば素直に言える子は、結構好いとったい」

見上げるとそこには、空腹感が吹っ飛ぶほどのまぶしい笑顔。
それからどうやって帰ったかは謎だ。

「うえっぐしっ!」
「なんで叩いたらくしゃみ出んねん。後頭部にくしゃみ発生ボタン付いとんのか」
「いいえ、スイッチです」
「どっちかてええわ」

気づけば隣の家でお茶をすすってくつろぐ自分がいた。
桧之希紀、おかえり。
財前くんが言わないから心の中でつぶやく。

「財前くん、関西大会出る?」
「けがせぇへんかったらな。せやけど今年はスーパールーキーおるし、大会とかめんどいわぁ」

ソファーにどっかりと腰を下ろす様は、どこの社長かと、むしろどこの跡部くんかと思うほど偉ぶっている。
本気で面倒くさがるレギュラー。
なんて無気力な発言だ。
確かに練習風景を見る限り金ちゃんのインパクトがずば抜けて強いけれど、全員必死に自らをアピールしている。
私はだんだんテニス部というより、テニスが好きになりつつあった。

「なあ、一緒に寝てや」
「はい、喜ん……ってもう寝てるし!」

お約束な笑いも、慣れてくると癖になる。





To be continued.
20100219

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あきゅろす。
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