トリップ現象 「ふぅん。家出?」 「その、突然のトリップ現象といいますか、なんだかそんな感じです」 着替えの時間らしく、上服を一枚脱ぎながら言われ、初めて目が合う。 夏服なら裸だったかもしれないのに惜しい、と心の中で悔しがった。 それに、想像していたよりも身長が低いだとか口が裂けても言えそうにない。 とはいえ、日頃からスポーツに励んでいる男子の体つきが私のようなひょろい女と比べ物にならないのはよくわかる。 中学二年生といっても男なんだな、とTシャツから覗く程よくたくましい腕が思わせた。 「ええよ。おっても」 「本気ですか」 「条件付きやで」 そう言ってソファーに座る様がとても偉そうに見えた。 よく似合うからちょっぴり憎い。 「何でございましょう」 「パシリになれ」 「パセリかぁ。なれなくもないと思っ……」 「ふざけんなや」 怒るのもわかる。 パセリの前に、いきなりまさかのトリップ説なんざ誰も信じない。 自分も信じられないんだ。 だけどおとなしく聞き入れてみるのもいい。 「はい。パシリだろうがオシリだろうがなります」 直接目を見て話すのはやはり危険だと思い、頭を下げながら決断を告げた。 私のことが年上だとわかったら、敬語になってくれるだろうか。 “先輩”と呼んでくれる日は近いぞ、がんばれ桧之希紀。 「へぇ、意外。逆ギレして出てくと思ったんやけど」 彼は淡々と言い終えてソファーから離れる。 抱き締められると期待するも、鮮やかにすれ違った。 代わりに玄関に置いてあった鞄を持ってきて、放り投げられた。 「トリップや言うて実はファンとか考えられんこともないわ。あんた、最近先輩んちのインターホン壊した女ちゃうの?」 乱雑な対応に身が凍る。 疑われているうえ見覚えのない鞄が自分の物扱いとは、まずい空気になった。 ファン自体は正解だが、先輩とはどの先輩なのだろうか。 インターホン壊れちゃってお気の毒です、ほんと。 こんな事態を切り抜けるにはどうすれば……。 と、そこへピンポーンの音が室内に響いた。 他人の家とあっても、呼ばれると無性に出たい。 「パシリ出て」 逃げたら殺す。 そう言われているように感じて一瞬で敬礼した。 私は両手足がカチカチに固まりつつ、玄関を目指す。 広いリビングを通り越すだけでも難関に思えた。 今、原作で明かされなかったキャラの家の中にいる。 このおいしい現場を実況したいのだ。 なんといっても雰囲気がいい。 綺麗に片付けられた食器類、ごみ一つ落ちていない床。 透き通るような窓ガラス、カエルの置き物。 これ以上は暴走の危険性があるため、さっさと玄関に向かう。 気合いを入れてドアノブを開けると、自分より背の高い人が立っていた。 「女の子? 悪いけど財前呼んでくれんか」 衝撃的な出会い、その二。 生・白石蔵ノ介現る。 こんなにも早く会うなんて恵まれた世界だ。 カメラに撮って永久保存したい。 体が強張りつつ興奮状態の私が、これほどまでにカメラを欲したことはなかった。 To be continued. 20071209 [*前][次#] [戻る] |