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優秀なスパイ
昼休みも残り十分を切り、ある場所へ靴に履き替えて向かった。

「じっじじ自分何しとるんや」

そこではち合わせた人物が驚き、どもり口調で問いかける。

「下見に来ました」
「転校生かい」
「転校生だよね、私」
「そうやったな……って! やから転校生の自分がなんでテニスコート来てんねん」

ノリツッコミまで披露し、同じ質問を繰り返す。
「邪魔だ」と注意すれば関わらなくて済むが、それをしないのはたぶんこうだ。
彼とて暇だったから外に出てぶらぶらしていた。
すると何かの気配を感じ、振り向くと部室があった。
よし、グッドタイミング。
ラケットを取って素振りに没頭しかけた。
ただの暇人が及ぼした行為だ。
そう自認しているから邪魔者扱いはできない。

「その、マネージャーにならないかと言われて」

疑いの眼差しを向けられた気がして縮こまる。
打ち解けるための手段にスパイネタを使おうかと考えた。

「スパイが乗り込んできよったって俺らのデータは取らせへん」
「(取られた)……スパイスの加減、教えてくださいな」
「香辛料は少なめがええ。って何言わすんや!」

風に流されてきた二枚の葉が謙也の頭に不時着した。
鏡があればいいけれど、制服のポケットは空っぽだ。
次第に振動を嫌い、必死でしがみついているような葉に愛着が湧く。

「何笑うてんねん」
「とぼけたら反応が返ってきてさ、ここ楽しいね」

自分がおかしいと気づかず真顔を通す。
頭と顔との隔たりに、つい抑えられなくて私は噴き出した。
このまま隠そうと決めてさらに笑ける状況を作った。

「なあ、桧之やったよな。うちのテニス部入ってスパイ活動もくろんでへん?」

ラケットをベンチに置いた後、わだかまりが残らないよう謙也は動いた。
本心に迫られたことで心拍数が上がる。

「私は四天宝寺へのスパイじゃなくて他校への優秀なスパイになる(かも)」
「ほんならマネージャーにでも何でもなって証明してみ」

素直な決意を示す瞳は澄んだ色を帯びて輝く。
回答に眉を下げ、挑発気味に笑う。
互いの溝が埋まった瞬間だった。

「決まってたよ今の」
「あほか! 校舎に帰れ!」

かっこいいと改めて萌えに燃える私の暴走は終わったが、これで入部届とにらめっこする必要もなくなった。
無意識とはいえ相手の背中を押した彼に、幸あれ。





To be continued.
20080522

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あきゅろす。
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