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一コケシ
探検する楽しさはどこへトリップしようが変わらない。
あちこちで笑い声が生じる校内をあてもなく歩き回る。
窓を挟んだ壁に寄りかかり、外に見える建物と銅像らしきものを眺めた。
考える人もびっくりなおじさんの銅像だ。
モデルはどこの誰なのか激しく気になる。
おかしみがあるそれらは好奇心を抱かせ、行ってみたいと思わせる。

「桧之。テニス部のマネージャーになろうや」

そのさなか、出し抜けに珍談が舞い込んだ。
テニス部とマネージャー。
敏感になっている旬な単語だ。
誘ったのは帽子を脱いでいてもなりで分かる、渡邊のオサムちゃん。
晴れやかな格好に目が眩む。
彼はポケットに突っ込んだ片手を胸の高さまで上げた。
握った薄っぺらい紙が折れないように指で固定する。
オサムちゃんと目が合うと慣れないせいか、私は顔から火が出る勢いで。
この場にあと三分いたら即惚れているに違いない。

「聞くところによると家族が消えたそうやないか」

体中を弓矢で貫かれたショックと同様の気を負う。
虚報に違いないがドキッとした。
消えた存在はむしろ、今頃現実では捜索されているであろう自分自身だ。
あれこれ考えると頭がこんがらかる。

「深く口挟むことはしいひんねんけど、これは聞いとき」

真剣な顔色を現すオサムちゃんに寄った。
しっかり聞いておかなければと耳の形を象に変化させて待つ。

「マネージャーになってくれ!」
「結局そこですか!」
「俺はな、桧之を育てたいんや」

ふりだしに戻ってしまった話の主旨が浮き彫りとなる。
新しく飛び込んで間もない素材を育てる気でいるというのか。
可能性や魅力という点においてはまだ青い蛙の抜け殻だ。
だが、もっとも近い位置で見守りたい要素を持った人材だとでもいうのか。

「特にテニス部は笑いが詰まったええとこやで」

この世界で、家族がいない独りの生活がこれから続く。
なぜだか不安はなかった。
大好きなテニスと大好きな世界、そして夢に見たマネージャーの勧誘。
こういう時は単純思索が役に立つ。

「じゃあ考えてみます」
「おお。マネになった暁には一コケシやるわ」

ぽんっ、と額に入部届の紙が下りてくる。
重力に逆らえず、オサムちゃんが手を離すとひらひら舞った。
落ちる前に上手く掴めて息をつく。
目指すは暁の一コケシ。





To be continued.
20080406

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あきゅろす。
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