好きやってん スピードスターの本領発揮といったところか、暗闇もなんのその、猛スピードで山道を後戻る。 そして先ほどまで智香子がいたと思われる地点に着いたが、辺りには人っ子一人いない。 音の情報を集めるため耳を澄ますと、鳥の鳴き声が聞こえてくる。 それ以外の生き物は近くにいないかのように。 「どこや……」 宿舎までてっきり後ろからついてきていると思っていた姿がどこにもなく、恐怖を感じた忍足は、わずかに頭を掻いた。 大きな木の下で、座り込んで少しの時間考える。 女の足ではそう遠くには移動していないはずだ。 なぜ一人だけはぐれたのか。 どこか体の具合が悪かったなら、言ってくれれば……。 「ちゃんと奈留送った?」 「うわっ!?」 忍足が反動で大声をあげた。 それもそのはず、探し人である智香子が自分の隣に座って話しかけてきたからだ。 まったく気づかないくらいに考え込んでいた身にとっては、目の覚める行動だった。 木の上で休んでいたカラスたちが二人のやり取りに驚き、鳴きながらどこかへ羽ばたいていく。 もっとも驚いたのは忍足のほうだ。 咄嗟に智香子を叱ってしまいそうになったが、何やらいつもと違う雰囲気の中に閉じ込められ、口をつぐむ。 「……岩崎はもうみんなと一緒におるわ。自分もはよ戻らな、みんな探し回るで」 「はいはい」 服の埃をパッパッとはたいて頷く智香子を連れて歩き出した。 他の仲間が追ってこなかったことに若干疑問を抱きつつ、宿舎へ急ぐ。 それに合わせず、ゆっくり、ゆっくりと自分のペースで進む智香子は、やはり普段の面影を感じさせない。 学校のこと、部活のこと、友達のこと。 中学生は夏休みになっても、自分に置かれたさまざまな環境に意識を向けるものだ。 相手に悩みがあるとしても、軽々しく相談に乗れるほど大人ではないと自負している忍足は、とにかくこの場で笑わせることに神経を集中させる。 それにはまず、身近な部活がテーマにふさわしい。 山道を下る数分のあいだ、過去の思い出話に花が咲いていった。 「智香子は俺が入部した時から応援してくれたやんな。ま、一番の有望株は白石やったけど」 テニス部でレギュラーの座を掴み取る前、同じ学年に自分よりも上手いと思える男がいた。 周りの注目も顧問の視線も、すべて白石蔵ノ介という存在に注がれており、正直胸中穏やかではなかった。 日が暮れるまで練習に明け暮れる毎日。 苦しさと悔しさ、ついには羨ましさまで気持ちが出かかった。 そんな時、一人のマネージャーがある言葉を届けに来たのだ。 「あんたには誰より速く走れる足があるけど、たまにはゆっくり歩いてみ?」 聞いた直後は、上から目線のアドバイスに歯向かいたくなった。 しかし、今まで突っ走りすぎた自分を制してくれているのだと理解できた頃、レギュラーへの道が拓かれることになる。 「あいつはあいつですごいで。せやけど謙也も成長したな」 「智香子は上から物言うとこ全然変わっとら……ぎゃっ!」 智香子がポケットに隠し持っていたミイラの人形を忍足の顔面に押し付けると、想像通りのアホ面が拝めた。 「怖がりな男はモテへんよ」 「自分も俺をそっちの話に誘うつもりやな?」 「あれだけ色ボケ姿見せられたら、からかいたくもなるわ」 暗い場所にいても伝わってくる、紅潮を隠し切れない顔。 小学生かとつっこみたくなるほどの純粋な反応に、思わず目を伏せそうになる。 「ほんま……何がちゃうかったんかな」 “自分”と“あの子”で。 今もこの男は合宿で急接近するかもしれない“あの子”を想っている。 悪戯っぽくからかう表情の裏に、別のメッセージが秘められているとも知らず。 もう、智香子に残された余裕はどこにもなかった。 「お、何か言うた?」 「……好きや」 ただ、希望は捨てたくない。 それだけの淡い期待が、彼女の精神を司っていた。 「あんたのこと、ずっと好きやってん」 忍足は、立ち止まって智香子の瞳と向き合う。 こんなタイミングで出てきた胸を突く言葉を確認すべく、もう一度聞き返そうと、口を開けた――その瞬間。 「うわあああ!!」 近づいてくるにつれ、見えてきたのはなんと、おびただしい数のコウモリ。 夜を統べる大群たちが、自分目がけて飛んできていた。 今日からビビり王と名乗ってもいい。 とにかく即刻逃げなければ喰われる。 智香子の手を引き、全速力で立ち去る中、どんどん冷や汗を掻いていく。 彼の走りっぷりは、作られたお化けよりも、実在する生物のほうが怖いということを証明づける、徹底的な証拠ともなった。 「智香子も笑かしたんか! やるなあ謙也、一コケシやろう!」 時計は何時を回っただろう。 必死にコウモリを振り払ってきた勇者のそばで、智香子はひたすら笑い続けた。 飛びついてくる遠山と奈留に挟まれ、また大笑いする。 渡邊からの一コケシを断り、そんな様子を遠目で追う忍足は隙だらけだ。 「どないした?」 「いや……」 「あ、智香子や」 「ふぐおうっ!!??」 白石が交えた冗談にも過剰反応を示す。 「なんちゅー驚き方してんねん。ユウジやないけど、浮気はあかんで?」 「お前、ほんま何者っちゅー話や!」 心臓に悪い事態が次から次に起こるため、早く部屋に戻って落ち着きたいのは山々だが、そもそも白石とは同室で、逃れられない。 奈留、智香子、そして忍足。 三人の関係をもっとも把握している人物は、一人だけ何でもわかったような空気を醸し出し、面白がっているように見える。 「奈留がな、前に言っててん」 まるでおもちゃのごとくあしらわれるのは癪だと思う忍足を尻目に、白石が語り出す。 “空ってずっと変わらないね。白石くんは、あんなふうに変わらないものって好き?” “一途な子は好きやで。俺のこと、名前で呼んでええから” “あ、うん。蔵ノ介くん” “ようできました” たった、それだけの馴れ初めを。 「何やそれ」 「ん?」 「ん? やないわ! お前が名前で呼ばれるようになったエピソードとか突拍子もなく語らんでええねん!」 To be continued. 20161128 [*前][次#] [戻る] |