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裸んぼ
「ま、さすがに金太郎でも女湯とは間違えへんか」

タオルを振り回してはしゃぐ後輩の動きを、白石は目で追いながら呟いた。
そう、ここは宿舎内の銭湯である。
まだ若干明るい外へ、少年たちの声が響く。
宿泊客が他にいないからこそ、開放感に身を任せて騒げるのだ。

「なあ千歳!」
「何ね、金ちゃん」
「あん時、奈留も裸んぼやったら着替えんで良かったん?」

湯船に浸かる者同士、聞き耳を立てずとも筒抜ける会話。
壁の向こうには異性の花園という、未知なる世界が広がっていることだろう。
健全な男子中学生ならば意識してしまうものだが、疲れきった体はどんな不純な思考も遮断する。

「はっ、裸……」

いち早く反応した、彼を除いて。

「そ、その手は利かんで!」

忍足が顔を紅潮させて立ち上がる。

「金ちゃんまで俺を惑わす気か、そうはいかへ……ん……で」

しかし、その身は力なく風呂の湯に崩れ落ちた。
恐らく妄想にも似た想像(裸)が脳内を占拠したに違いない。
恥ずかしさのあまり、頭を左右に振って記憶を消そうと必死だ。

「のぼせるけん刺激ん強かこつは言わんほうがよかよ」
「“健全な中学生”やもんな、謙也は。金ちゃん、何やその話?」
「あんな! ワイが……」

尋ねられた遠山は、意気揚々と白石に初日の行動を伝えていく。
川でびしょ濡れになった奈留をいち早く思い出すところを見るに、奈留への懐き具合がわかる。
――時同じくして、噂の張本人は、花園にてくつろいでいた。
一面薄暗い灰色を帯びたタイル張りの壁。
親切に用意されたてんこ盛りのお風呂グッズ。
程よく清掃の行き届いた、綺麗な場である。

「染みひん?」
「ううん、平気」

普段真っ直ぐに揃えられている髪の毛が、ここですっかりボサボサになってしまう。

「ただの怪我ちゃうから、かたくなに隠しとったんやろ」

恐る恐る打ち明けた傷痕。
出血などとうに止まり、痛みもないが、青アザを見せたらどつかれる気がした。
そのため、奈留は隣に背を向けて俯く。
何を感じ、どう捉えられたのだろう。
振り返られず悩む頭は、やがて下りてくる手のひらがゆっくりと掴んだ。
よしよし。
手の動きを言葉で表すならそれだ。
撫でる。
智香子のあまりに自然な行為に、奈留は唖然とした。

「やっと見せてくれたな」

一言そう残して、次の話題へ切り替える智香子。
あっさりすぎる反応が少々疑問に残ったものの、追及することはなく。
それから小一時間、さまざまなことを語り合った。
傷を癒やす、優しい湯の流れの中で……。

「ええ湯加減やった」

タオルを肩に乗せる風呂上がりの男子軍団と合流後、普段よりも大人びた雰囲気に、女たちは笑いそうになる。

「石田、思い出し笑いしとるで」

奈留はすでに“御来光”を連想し、噴いていた。

「お前はなんば思い出しとっと?」
「だっ、誰も顔赤くなっとらんし! あー暑い暑い! ちょお横になってくるわ」

夜と言えども今は真夏。
皆が団扇や扇風機を求めて部屋に戻ろうとする。

「おい、謙也。身の毛もよだつ寒ーい遊び、俺が教えたる。全員ついてきー!」

その足を止めたのは、顧問である渡邊だった。
景気良く明るいハッピを着た頭にはカラフルなハチマキ。
祭典でも始まるのかと一同構える……が。
智香子vs忍足、金色vs奈留、千歳vs財前、白石vs一氏、石田vs遠山。
監督の間に通された彼らは、この配列で並ぶよう命を受けた。
自動的に審判席に小石川が座る。

「一人増えたっちゅーことで、第二回“合宿恒例・枕投げで笑いを盗め、とことん潰し合い合戦”開始ぃぃ!」

無説明のまま、突如勝負の始まりを告げるゴングがなぜか鳴り響く。
一瞬で枕攻撃に沈んだトップバッター忍足。
力で女に負けるなど、男からすれば味わうのは屈辱以外の何でもない。
しかし、反撃はできなかった。
智香子の凄まじい形相にたじたじな様子で、隅っこに避難したのだ。
“日頃の鬱憤思い知れ”と言わんばかりのハイパワーを顔面で受け取った自分に小さく拍手しながら、それぞれの戦況を見守る。

「俺のこと絶対嫌いやわ、あいつ」
「そうやろか」
「後ろからいきなり話しかけるんは癖か白石。そうに決まっとるやん」

溜め息が漏れてくる。
奈留はまだしも、智香子に何かやらかした覚えはないけれどこの洗礼。
実に女は謎多き生き物だ、と再確認するトップバッターであった。
その間に次々勝者と敗者が決まっていく大会も、終了を告げるゴングが鳴り響いた。

「ほな、みんな座り。そんで問題や」
「オサムちゃん、ワイ暑いわー」
「せやから寒い遊び用意してあんねん。夏の夜、合宿所ときたら何を連想する?」
「肝試し」
「今のは一発で当てるんやのうて、ちょっとボケ挟んで良かったで財前くん!」

渡邊の作戦によると、これより外に場所を移して敗者全員、恐怖の笑いルートを辿ってもらうらしい。
気だるげに歩く者、はしゃいで歩く者。
玄関へ進む足取りは各自異なる。
モヤモヤした感情を抱え、智香子と奈留の後に続く忍足。
まばゆい月の下、朝以降流した爽やかな美しい汗は、冷や汗へ変わりつつあった。





To be continued.
20131216

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