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寝る時間
「奈留!」

廊下に響き渡った明るい声が、いい雰囲気の二人を正気に戻した。
誰かと思えば遠山で、瞳を輝かせながら突っ走ってくる。
距離の近い場面を見られたのがこの無邪気っ子で良かったのやら悪かったのやら。

「なんで帰ってこおへんの!? わいとかくれんぼする言うてたやん!」

さびしかったと言わんばかりに詰め寄る遠山を納得させる理由が、今の奈留の頭には浮かび上がらなかった。

「こっ、これ見て」

とりあえず自分の包帯に目がいき、それを使うことにした。
忍足は肩をピクッと動かしたが、その行動を見るだけにとどめる。
左腕に巻いた包帯がか細い手によって外されていく。
いつも同じ脅しを受けている遠山の健康的な顔色が変わる。

「まさか毒手ちゃう!?」
「当たり。魔物を呼び寄せる効果があるか確かめてたの」
「わ、わい部屋戻るわ」

一気に青ざめ、表情をこわばらせたまま逃げるように駆けていった。
訪れるは再び“二人”の世界。
けれど、ギスギスした感じはもうなく、和やかな時が流れ出す。

「さっそく役立っとるな」
「かなり捏造したけどね」

二人で部屋を目指し、歩く。
忍足にしてみれば、これで奈留の不安が拭えたわけではない。
泣かさない保証もできないし、守るという約束も交わせない。
確かなものがあるとするならば、笑顔で支える心。
自分はなくさずに持っていればいい。
きっといつかは、好きな人の力につながるから。

「ありがとう、謙也くん」
「あ、ああ」

忍足より早く奥の自分の部屋にたどり着いた奈留。
ゆっくりとドアを開け、隣の部屋の忍足に微笑みかける。

「また明日ね。おやすみなさい」

さっきまで腕の中にいた小さな体が闇へ消えた。
――大丈夫だろうか。
少々の不安を抱え、自らも長居した廊下を後にする。

「今の声、奈留やろ。何しとったん?」

部屋に踏み入れた瞬間、白石が読んでいた本から顔をそらし、話しかけてくる。
何か含み笑いが見えた気がした。
それもそうだ。
黙って抜け出すなど、つつけば秘め事の固まりでいっぱいのはず。
面倒すぎて答える意欲が薄れた忍足は、わざとらしくはぐらかした。

「あ! 明日から智香子来るんよな」

無理矢理な話題の転換に反応したのは千歳であった。

「告白してなかと?」
「そうやねん。うちのマネージャー来たらやかましいから今日しとかなあかんか……って合宿やぞこれは! んなもんする予定組み込んでへんし、する気もないし、俺とあいつは友達やー!!」

両手を握り締め、目を見開き、口をついて出た言葉は渾身の叫びとなる。
ただでさえ壁が厚くはない宿舎だ。
鼓膜が破れるくらい大きな声に耐えられるわけもなく……。

「謙也さんうるさい」

未知班。

「顔赤なって微笑ましいわね」

愉快班。

「テニスより笑いに磨きかかっとるで」

さらには顧問まで顔を揃え、三美班の様子をうかがう。
いつの間にか枕投げが終わっていた事実などどうでもよくなるほど彼らはにやけており、恥ずかしいことこの上なかった。
まさかあの暗がりの中、女を抱き締めてきたとは口が裂けても言えず。
座り込み、あぐらをかいて背伸びした。

「良い子は寝る時間っちゅー話や」

触れたらすべて包めそうで、触れなくてはすべて壊れそうで、今日の行為がどちらに傾いたかは謎のまま眠る。
月明かりが照らす熱帯夜。
今宵も誰かが誰かを思い、温度を上げて更けるのだ。





To be continued.
20130129



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あきゅろす。
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