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輪の中に
忍足がトイレから出た後、奈留が通りかかった。
若干気まずさはあるものの、避けるほどではなく、自然と窓のほうに足が進む。
どんよりした外。
月も星も見えず、闇に包まれた空模様。

「花火、できなかったね」
「そやな」

少し離れた場所で響く騒ぎ声にかき消されそうな大きさで喋る。
雨足が強まり、窓は打ちつける雫によって洗われていく。
奈留は、隣にいる忍足を一瞬見て下を向いた。
様子が変わった。
すぐに感じ取って話しかけようとする。

「俺……」

その時だ。
天が光り、凄まじい音を立てて雷が鳴った。
なおも雨量は増す一方で、止む気配はない。
両耳を塞いでしゃがみ込んだのは奈留。
顔は伏せ、腰を壁に付け座る。
怖いのか、少々震えているようだった。

「お、脅かしよるな雷のやつ。岩崎、立てるか」

反応が返ってこず、戸惑う。

「どないしたんや」

顔を覗くと、かすかに口が開いた。
何か言葉を発するであろう時まで待つ。
そのあいだ、とても長く感じた。

「私は……みんなが大好きだから離れた」

突然、手で膝を抱える。

“大好きだから”

語り始めた内容の意味が忍足には理解できなかった。

「でも、離れられなくて」

思いが溢れる。
夏休みに入り、一度は実行したこと。
それは初めて笑顔をくれた人たちのそばから姿を消すという、寂しい決意だ。
温かな笑いの世界と距離を置き、家で不安に押し潰された。
たかが二週間。
されど二週間。
ここが戻りたい場所であることに変わりはない。
また踏み込んでいいのか悩んだままついて来た奈留は、うつむいている。

「あんな目に遭う原因を作ったのは自分だけど、それでもみんなの所にいていいって言ってほしかった」

たとえ容赦なく傷つけられても、居心地の良いみんなの所にいたい。
今聞こえる笑い声。
そこに混ざり、安らぎを覚えたい。
だが、誰にも不快な顔をさせたくなかった。
テニス部員にも、ファンの子にも。

「そしたら嫌な思いをしたのは智香子も同じだった。私、気づいてやれもしなかったし、一人でくよくよしてばかみたい」

自分は落ち込んで元気をなくした。
白石に言われて知ったが、智香子は違った。
へこたれず、明るく振る舞う。
そんなに強い友達と比べ、弱い自分。
昨夜同じ話を聞いていた相手にこぼす弱音が、廊下に沈み込む。

「ずっとついて行きたいのに、迷惑だろうなって……そればっかり考えてしまう」

二度目の大きな雷。
忍足は奈留に近づき、膝を下ろす。
髪の毛で隠れた顔が、自分との距離を遠く感じさせた。
いつもとは別人。
こういう状況に慣れていない忍足の心は焦りながらも固まっていた。

“俺が支える”

縮こまった体を囲む両腕。
小さな肩に回される両手。
ゆっくり、しっかりと、抱き締める。

「岩崎は俺らの輪の中に、ちゃんとおるよ」

青空に映える笑顔は取り戻せるはず。
だから孤独に震えないで。
行動で示された胸の内。
たくましい腕に収まる人を想う。
雨はもう、通り過ぎてよその地へ向かっていた。





To be continued.
20110418

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