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疲れただけ
「あっ、これあるの忘れてた」

リュックの中の方位磁針を、輪になった三人の前に置く。
奈留の弱い頭で思いついたのは、迷った時の必需品とされるこれに頼ることだった。

「ぐるぐる回っとる。なんやおもろい」
「山では使えないって本当だったんだ」
「おいこら、ボケか。精一杯のボケかそれは」

そんな物は頼りにせず、みんなを探すというのが一氏の持論だ。

「金太郎、太陽は今どの位置にあるか言うてみ」
「あっちや!」

さんさんと照り輝くお日様。
斜め後ろを指差して直視しようとする遠山の目を塞ぎ、一氏は続けた。

「思い出してみ。俺らは太陽を背に進むはずやったわけや」

言い終えるより先に走り始めた。
奈留もついて行くため、方位磁針をしまう。
道なき道は足場を悪くし、うまく進まないが南の反対が目印。
たくさんの木をくぐり抜ける。

「せやからそこを右に行けば……」

何かが聞こえる。
聞き慣れた、いつも身近にある声が。
自分たちの背丈ほどに伸びた草をかき分けた。
すると……。

「心配するやろっ」

金色が眼鏡を光らせ、待っていた。
周りには、共に登山を試みた集団の姿。
潤んだ瞳の一氏を見やり、仕方なく折れる。

「あっち向いてホイ、取り入れるわ」
「小春ぅぅ!!」

がっちり抱き合った二人のそばで、皆くつろいでいる。
それほど深くは心配していなかったらしい。
どうやったのか、やかんで沸かしたお茶をすすりながら渡邊が出てきた。

「今晩俺と寝よか」
「え、あ、はい」

その言葉にピシッと亀裂を走らせたのが忍足だ。

「だーっ! 何誘ってんねんオサムちゃん!」
「冗談やがな!」

肩を力強く叩いて大笑いし、なだめる。
だが奈留には意味が伝わっておらず。
漫才を始めた金色と一氏に視線を持っていかれた。
鳥の鳴き声が多くなり、発表の場を遮られそうになるも踏ん張る。
四天宝寺のお笑いテニスコンビは自然には負けないのだ。
やがて、わずかに日が傾く。
登ってきた山道を下りる時間が来た。

「呼吸荒なってますよ」
「や、山下るの疲れただけや」

ごまかしが効く相手にごまかせば良かった。
そう後悔するのも遅くはない。
わざと財前は奈留の腕を掴む。

「今日俺と寝ません?」
「おまえわざとやろ! 雨が降っても槍が降ってもこいつんとこ行くなよ岩崎!」

隙あらばからかう後輩に大声を上げ、咳き込んでしまった。

「ツッコミしすぎて謙也くん過呼吸になっちゃうから寝られないな」

からっとした微笑みを浮かべる。
この安心感がとても嬉しかった。
逆にこれが忍足に守られている結果、とまったく理解していない体(てい)で思いやられる。
ちょうど良い釣り合いの取れる男女ではあるが。

「(ツッコミのつもりないと思うけど)そんな断られ方されたん初めてっスわ」

地味に他の男のプライドを傷つけたことも知らずにいるだろう。
影の最強は奈留だ。
合宿所に戻るあいだ、各自少なからず感じた。
――曇り空。
広まる和やかな空気は長く続かないと、天候だけは知っていた。





To be continued.
20110315

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