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何もせぇへん
合宿二日目。

「おはようさん」
「お……はよう」

すれ違いざまに挨拶を交わし、そそくさと通り過ぎる。
もしや、自分のことも避けだすのでは。
次の会話が生まれない戸惑い混じりの行動に、白石はそう考えた。

「タコヤキやんか! ワイめっちゃ食いたいわぁ!」
「金太郎くん、良かったね」

朝食後。
宅急便が届いて中身を開けた途端、目を輝かせる。
待ちきれない遠山のため、奈留は一足早く皿にたこ焼きを盛った。
そこへ忍び寄るように近づく影。
振り返って捉えた。
今、もっとも顔を合わせづらい人物だ。

「ご飯食べ終わったら、外出ぇへん? その……話あるし」

たこ焼きを元気いっぱい頬張る遠山の耳には入らない声。
急な誘いの返事に詰まり、しばし固まった。
動いているのは瞼と呼吸器だけ。
話せば不自然に接してしまうが、他に断る理由が思い当たらず。
ついて行くしかなかった――。

「……単刀直入に言うてまうけど」

場所を変え、忍足のほうから切り出した。
照り映える青葉。
太く大きな木の下で、それらは風に揺らめく。
本人に言えるものは謝罪しかない。
くよくよ悩むのはここで終わらせる。
決意に満ちた顔が、ぐっと身を引き締めた。

「左腕、俺が原因やってんな」

頭上から垂れ下がってきた蜘蛛の巣を手で払いのけ、続ける。

「ずっと気づけへんかった」

巣に引っかかった蝶々も助けてあげた。
その行動が張り詰めた気持ちを取り除いたのか、奈留は微笑んで忍足の正面へ歩む。

「誰も悪いことしてないよ」
「せやかて包帯するほど傷」
「謙也くん」

黙っていれば、苦渋に染まる顔色。
いつもの明るさはどこへやら、という感じだ。
謝りたげな相手の言い分を遮り、自分は何を伝えるべきだろう。
奈留は、かすかにうずく腕を胸の位置に上げる。

「これ、毒手で通すの。いざという時(金太郎くん相手に)役立つよ」

にこり。
精一杯の強みが覗く。
そこで忍足は、はっと我に返った。
奈留を見ていると……。
奈留と話していると……。
なぜか鼓動が高鳴る。
弱々しい強さや柔らかい優しさを守りたくて葛藤する性質が、心を動かすのだ。

「岩崎。お、俺はな……」

すぐ隣でガサッと物音が立った瞬間、会話を止めた。

「どうしたの」
「散歩たい」

怪しい理由についつっこみたくなったが、疑わず信じる奈留の前だ。
雰囲気に合わせて抑え込む。
いろいろな意味で震える拳もしまい、深呼吸した。

「で、ほんまはちゃうんやろ」

宿舎に戻った後、再び飄々と外へ消えようとする背中に問う。

「朝日が目に染みるっちゃね」
「はぐらかすな」

わざとらしく“たまたま通りかかった奴”を装う、謎だらけの千歳。
少しの部分は聞かれたであろう二人の話について、口止めもできたがやめた。
渡邊、白石、自分。
これに千歳が加わっても、皆他言はしないと予想して。

「明日から智香子も加わるばい。しつこい監視ば食らいたかとね?」
「そうやな。お前はずっと俺をからかいたいっちゅー思いのかたまりやったな。智香子(あいつ)も」

出回っては必ずネタを仕入れてくる。
そんな掴み所がない自由人だと、呆れ口調で認識した様子。

「からかいと監視の目があるうちは何もせぇへんわ」

一人になった自室でつぶやく。
今はそれ以外に気になる反応があった。
奈留は自分を避けているというより、対面に困っているそぶりなのだ。
なぜかは考えが至らない。
しかし、不安な感情を生じさせはしなかった。
羽をよろめかせながら、新たな木へ飛び立つ蝶。
そんなふうに、気持ちはもう切り替わっていた。





To be continued.
20101228

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