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好きなんやな
ひっそり閑(かん)とした山の夜。
後は就寝のみとなり、明日に備えて寝静まる時間帯だ。
ここでは話がまだ済んでおらず、部屋に人の姿がある。

「知ってた。よく部活見に来てる子で、誰を見てるのかも」

手をぎゅっと握り締め、弱々しく語る。
包帯の原因となった事件を振り返りながら思い知った。
これは完全に不用心だった自分の過ち。
奈留が白石の方に向き直ると、白石は黙り込んだ。
その、儚くも強い眼差しに圧されて。

「みんなと離れれば何も起こらないから、合宿にも行く気はなかったの。最初は」

ではなぜ来たのか。
聞こうと思えば聞けたが、あえて触れずに扉へ足を向ける。

「ま、その事態があったんは確かやな」
「うん」
「戻ろか」

これ以上は深入りしない。
小さく頷き、奈留も後ろに続く。
一歩進むごとに実感した。
白石が部長の器である理由を。
不思議と隠せないのだ。
彼の前にいるとベラベラ喋ってしまう。
今頃正気に戻り、考える。

(でも、心の中すっきりしたかも)

抑えて塞ぎ込む自分が、自分ではないようだった。
たかが数日、されど数日。
一人部屋にこもっては、見失いそうな目標をつなぎ止めるのに必死で。

“笑顔”

それを自分の代名詞にしたい一心でこの学校に来た。
本当の笑顔がどこに消えたか、答えはまだ闇の中だ。

「奈留。こんなん不謹慎やけど……」
「どうしたの?」
「毒手同士組もうや」

あの男の予想とまるっきり被った着意。
突然おかしなことを言う白石に対し、笑みがこぼれた。

「ここ笑うとこなん?」
「謙也くんが言ってたの。この包帯のこと蔵ノ介くんが知ったら『毒手同士組もう』とか言い出すなって」

忍足の名を口にする時、本人はおそらく気づいていないが必ずと言えるほど目が輝く。
どうにかすぐに気づかせたい。
廊下へ出て扉を閉めながら、方法を探す。

「智香子は自虐ネタに取り入れてたんだ」

足音がついてこなくなり、振り返ると立ち止まった奈留が左腕を触っていた。
白石にはちゃんとその意味がわかった。
昨年のS―GPで披露して見事に爆笑を誘い、二位を掴んだネタである。

「準優勝やし万々歳やろな。あれが女の子たちへのささやかな仕返しとは思わへんで誰も」

相方の笑顔が頭に浮かぶ。
今思えば、なんて強い人だろう。
マイナスにくじけるどころか、プラスに動く。
学校へ行くのもテニス部を見に行くのも怖がる自分にはできない生き方。
まねてみたくなった。

「私も笑いに変える」

願望でしかない希望も、きっと叶う日が来る。
そう信じていられるのは、周りがくれる力のおかげ。

「ありがとう、蔵ノ介くん」
「ええねん。それよりあいつ、避けられて落ち込んでたで」

首を傾げた奈留。
今日の出来事を早くも忘れるとは、困り者だ。
とことん鈍いらしい。

「謙也や。昼間の練習中、あんまり目ぇ合わせんかったやろ」
「さ、避けたわけじゃ」
「好きなんやな」

焦る奈留にとどめを刺す。

「謙也が、好きなんやな」

そばに甘い物でも転がっているのか、蟻の群れが床を這う。
好きなものを求めて一直線に歩み、引き下がりはしない。
近道には頼らないけれど、確実な前進で何だって手に入れる。
こんな小さな生き物にもできる行動をとってほしくて働きかけた。
これから先は、君次第。





To be continued.
20101204

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あきゅろす。
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