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青空
「奈留ちゃん、それちょっと大きいわね」
「奈留が小さいだけやろ」
「ユウくんかて小さいやん」
「そんなん言うたら小春も小さいでぇ」

夕飯を食べ、後片付けを終わらせてくつろぐ時間ができた。
金色と一氏は奈留を囲み、いちゃつく。
時刻は夜の七時半。
椅子に座ったまま視界の定まらない目に気づいた金色は、相方とそちらへ向かう。

「謙也くん、何見てるん?」

言われた側は思い出していた。
金色の言葉と被る、あの日のやりとり。
明るい明るい太陽のもと、交わした会話。
そっと記憶を呼び覚ます――。

「何見てるの?」
「うわびびった! いきなり顔出してどないしたんや、岩崎」

転校生として奈留が四天宝寺中に通い始めたのは、一年の秋。
二年に上がり、智香子と同じクラスになって以降はちょくちょく部活を覗きに行った。
最初は関西のノリに戸惑いっぱなしだったが、しだいに慣れてきて笑顔も増えたのだ。
まだ忍足自身、その笑顔を真正面から見たことがなかった。

「風が吹いてる場所探してたの。テニス部のみんな暑そうだし、休める涼しいとこさ……がっ」

校舎の壁に手を付き、一歩踏み出す足が草に絡まって転びそうになる。
それより早く奈留の腕は大きな手に支えられた。

「下確認しながら歩きや」

いつも危なげな動きが多く、体のどこかに必ず傷がある。
“ドジな奴”程度の認識でこの時助けて、すんなり腕を離すつもりだった。

「ありがとう。気を付けるね」

ところが、そうはいかない。
素直な礼の言い方に意表を突かれた。
普段、智香子に同じことをしても、笑うのではなく首を締め付けられる。
それとは正反対の柔らかい笑顔は不思議な魅力があった。
熱を帯びた手に気づかれないよう、ゆっくり奈留の体から離した。

「カ、カブトムシ見とってん。この木にずっとおる奴」
「どこ?」
「あれや」

照れを冷ますため目を逸らし、太い木の幹にしがみついているカブトムシに話題を移す。

「どの辺だろ」
「あそこやて」
「待って。答えは言わないでね。えーっと……」
「いや、すぐわかるで」

真剣な眼差しで探す姿に、忍足はため息一つこぼして待った。
日の光が強まり、わずかに木々を揺らす風が止んだ。

「あ、いた。かわいいね」
「かわいいか?」
「うん!」

晴れやかな空、ほころびた表情。
まっすぐに見た瞬間、思わず心惹かれてしまった。
恋のきっかけ。
それは、ここのところ失われた彼女の笑顔である。
その好意を抱いた夏から、秋、冬、春と過ごしてきた。
やがて、ひと巡りした季節はまた夏に変わる――。

「……青空」

それまでに伝えたい気持ち。
現在の視界に焦点を合わせて、ぼそりとつぶやく。

「曇ってるわ」
「ちゅーか夜やん。暑さで頭いかれたんちゃうか」

奈留は黙って忍足の背中を見つめる。
今は夜でも朝が来れば、晴れか曇りかなどわからない。
ただ、願う。
あの時二人を照らした太陽が、明日も青空に昇りますようにと。





To be continued.
20101017

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