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笑い方
大慌てで千歳に駆け寄った遠山がほぼ身振り手振りで説明する。
ああなってこうなって奈留はえらいこっちゃで……。
アバウトさが度を越し、うまく伝わらなかったが心配はいらない。
ここに居合わせる前、かすかに聞こえたのだ。
豪快な水の音や、騒いで奈留の名を呼ぶ声。

「派手にやったばいね」

生い茂る草むらを抜けて、二人は合宿所に戻ってきた。
建物は到着当初と変わっていないのに、どこか暗く感じる。

「俺のは大きすぎるばってん、他の奴の借りっとよかよ」

首にかけたタオルを触りうつむく奈留に視線を合わせず進む。

「私の不注意にみんなを巻き込めないよ」
「奈留はいちいち気にするこつ細かか。お、着いたばい」

未知班の部屋が数センチ開いており、中を覗き込む千歳。
一時停止し、すぐ隣の部屋の前に立ち位置を変える。
全員川の字になって眠りについていたからだ。
珍しい光景を見ても変化なしの表情でドアノブに手をかける。
そっと開かれた扉の向こう。
白石と忍足……。
自分の部屋ではもっと入りづらい空気が作られ、やむなくその場を離れた。

「どいつもこいつも取り込み中だけん、最後の望みに賭けるばい」

次なる目的地、監督の間へ。

「おう、千歳に奈留。二人揃ってデートか」

倉庫のような室内を無理やり居場所にし、渡邊は陽気に煙草を吸い居座る。
冷やかしてみたが笑顔に精力がこもっていない奈留を気にしつつ、用を言われるまで待った。
話し始めたのは奈留で、服が必要だと知らされる。

「先生、ありがとうございます」
「ええねんええねん。早いとこ着替えて夕飯作るで!」
「はい」
「ほんま遠山のやつぶっ飛ばしよるな! はちゃめちゃで頼もしい限りや、はっは!」

未使用の服を鞄から取り出した後、肩をバシバシ叩きながら手渡す。
多少痛いくらいがちょうど良いのだ。
そうでなくては、またあの笑顔に戻れない。
深々と頭を下げて去った奈留の態度が、ここに着いた時と明らかに変わってきている。

「ああいう笑い方ばっかになってもうたな」
「最初っからあぎゃん感じたい」

嫌な予感がした。
窓ガラスに羽の綺麗な蝶が止まり、奈留の視界を狭める。
自分もどこかに飛び立ち、みんなのそばから消えれば、誰にも不快な思いを抱かせずに済む。
ふと余計な考えが浮かんだ矢先、目の前に当人が現れた。

「岩崎……」

蝶は一匹、羽を広げた。
そしてひらひらと空気を切り、その人物の上を通過する。
やや強く握った服。
しわが寄る心配などできなかった。

「謙也くん。ドア、壊れちゃうよ」

包帯が、いやでも目につく。
うつむき顔を見せないのは悪いとわかっていながらも、面と向かう勇気は胸に閉じ込めたまま。
ただ謙也はこれだけを伝えたかった。

「……まん」
「え?」

かすかに聞こえる“すまん”の意味。
言い残して全速力で走り出す背中に対し、不安が募る。
あれほど暑さを教えた太陽は、夕日へと形を変えていた。





To be continued.
20101012

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あきゅろす。
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