猿の様々(清田) 最高に苛立っている今、教室前の廊下でたそがれる。 こんな時は近寄るなオーラを発しながら周囲を威嚇するといい。 たまに結界を破って侵入してくる奴もいるが、だいたいは離れていく。 こうも捻れた原因はすべて、あの女。 同級生のあいつは普通の女とは違う。 一人前に人間業を覚えた猿女だ。 「誰が猿なの」 「げっ、出た」 右から怒りを含んだ声が聞こえた。 いい加減離れたいと思うほど中学からクラスが同じで、所構わずあだ名を呼ばれるのもうんざり。 数々のアクセサリーを身に付け、注意されても外さない。 お気に入りだと言っていたが、それでは理由にならないだろう。 ゆりは外見を飾りすぎて校内でもよく目立つ。 教師の説教を上手く逃れ、校則違反は繰り返し。 毎日平然とやってのける猿女を同じ年齢とは思うまい。 「野猿は山に帰ってバナナパーティーすれば」 「うっせえ。もっとましな呼び方探せよ。何度も言うけどやめろ」 「赤くなってる」 言われなくてもはっきりわかった。 本気で怒る気なんてないのに、ばかにされたみたいで悔しいからか。 顔を隠して足をじたばたさせる俺がおかしかったらしく、ゆりは笑った。 教室へ入る小さな背中が歩調に合わせて動く。 いつもこれで思うのだ。 授業が始まる、と。 なんだか黙って後に続くのも情けない。 何か言い返そうと頭を回転させ、ひらめいた。 「パーティーにバナナが出るわけねえだろ」 「出るよ」 「マジ?」 「あんたが出席したらね」 こいつを前にしてはどんな会話も虚しく終わる。 ノリの良さがかえって逆効果を生む。 六限目は、頭がバナナパラダイス状態で集中力を欠くはめになった。 放課後、ユニフォームを着て体育館に行く。 妙に重い足取りで違和感を感じたのか、入り口に立つ俺を先輩たちが囲んだ。 「元気ないぞ」 「まさか怪我してねえよな」 「足に重大な秘密があんのか?」 どの質問の受け答えも曖昧にごまかして練習を始める。 が、部活中くらい忘れようと思った奴の顔は頭にしつこく残っていた。 手元が狂い、ミスの連続を呼ぶ。 気分が優れず、どこかに発散しようと考えていたら神さんが通りかかった。 人生の先輩だ。 自分より女の気持ちがわかるという勘だけで、図々しくも相談を持ちかけた。 不満を垂らす身で言うのも何だが、ゆりは明るい。 上品に人と接していればたぶん好かれるほうだ。 だから会えば喧嘩しかしない関係がたまらなく嫌。 「またゆりちゃんの話か」 「またって何ですか!」 好きかどうかは別として、変な男が寄ってこないよう相談をしたものの、呆れられる。 周りに広がる微妙な雰囲気は俺自身が作った空気だ。 日頃ゆりに対する愚痴を部活で叫んできたせい。 キーキーとさぞ猿のごとくうるさかっただろう。 「ところで気づいてるかな」 「何が……」 爽やかな笑みの奥で、表情がうっすらと曇った感じがした。 「部活さぼってることになるんだよ、俺たち」 神さんがボールを両手に持ってこちらを向く。 わざとらしい笑顔を振りまくこの人は危険。 今にもぶつけてきそうで怖い。 そんなにうじうじ悩んでいたのが鬱陶しかったのか。 逆に俺は「性に合わないから明るく考えろ」と言われたようで目が覚める。 その後、「あだ名が嫌なら呼び方は自分で考えろ」と言われた。 自分で呼び名を考えるのはこっぱずかしいが昨日、家に帰って思いついた候補をあれこれ絞ってみた。 ゆりが呼びそうにないものは次々に消去した。 何分も葛藤と戦う。 プライドだけは高く持っている奴だ。 とても俺を様と呼んで慕う性格ではない。 最初のうちは、ましなものが何一つ浮かばず苦しんだけれど、ようやく猿以外のあだ名を見つけた。 陽気な口笛を吹きながら教室を目指す。 ちゃんと自分で考えたのだ。 却下されたら条件を付けてでも呼ばせよう。 二階へ続く階段の踊り場で標的が通りかかった。 目線が合った今こそガツンと言うチャンス。 行け、行くんだ。 「またねキヨブー」 それは俺が考えろと言われて考えたあだ名だ。 でも手なんか振ったせいでかわいく見えたような……。 うわあああっ!! END. 20071112 [戻る] |