食い意地 甘い物が好き。 もし思いを寄せる人がそうだとしたら、手作りのお菓子プレゼント作戦で攻めるのも効果的だ。 だが彼の場合、顔と名前を覚えてもらえる可能性は限りなく低い。 「はい、はい、はい、はい……っと」 「ご苦労さん。毎回よく持ってくるな」 翠のクラスは、調理実習でカップケーキを作った。 丸井と仲が良いのも困り者だ。 内気な子に頼まれて、わざわざここへ届けに来なければならない。 「私だけじゃありません。クラスの子の分込みです」 机に丁寧に並べる。 ざっと数十個程度。 香ばしい匂いが広がり、食欲を誘う。 「ちょうど腹減ってたんだ。助かるぜぃ」 直接渡せない恥ずかしがり屋の友達。 深く考えずに渡してしまえば一瞬で受け取ってもらえるものを。 もはや丸井にとって翠は、“お菓子を持ってきてくれる気が利く奴”である。 「自覚してるどっかの男と違って、ブン太はほんと自分がモテるのわかってないんだから」 これほど騒がれていればさすがに自覚はあるだろうが、お菓子と女を天秤にかけてどちらに傾くかは皆も承知の通りだ。 「それ、仁王に教えてやろっか」 「それ、全部没収してやろっか」 少し言い返せば素早く全身で食べ物を隠す。 丸井はただ単に、目の前の物を堪能したいだけ。 一つずつに込められた、好きな人を喜ばせたいという子の気持ちは、食欲に負ける。 「じゃあ戻るね。ちゃんと食べなよ」 「おう、ありがとな!」 翠が出ていった後、教室の出入り口でやり取りの一部始終を見ていた男が静かに丸井に近づく。 噂をすれば何とやら。 モテる自覚ありありな同級生だった。 「結構もらったんじゃな」 「へへ、やらねぇぞ」 これ見よがしにそれらを頬張る。 その机に手をつき、にやりと見下ろしながら仁王は紙袋を置いた。 「これ以上増えたら食べきれんぜよ」 「……翠ー!!」 隣の教室にもはっきりと伝わる大声。 椅子に座って授業の準備をする翠は、再び声の主のもとへ走った。 教室の中にいる生徒は驚いて固まっており、音が消えた状態だ。 「負けた。もっとくれ!」 沈黙が破れる。 丸井が仁王を指差し、あまりに手招きをしてくるため何事かと机に進む。 原因はあげた覚えのない紙袋にあった。 上から中を覗くと、どっさり詰め込まれたカップケーキの山。 なるほど、数で劣る。 「分けてもらえ!」 「嫌だ!」 「プリッ」 幸村、真田、柳、柳生……。 仁王は短時間で四人から借りてきた百個以上のカップケーキを見せつけていた。 END. 20101206 [戻る] |