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はんしんふずい。
優しい夢に変えて
よく見ていた夢がある。

いつもの部屋に、洗い残された食器。脱いだままの服と鞄からはみ出た教科書の山。
いつもとまったく変わらない。日常そのままの部屋で目を覚まし、起き上がる。寝ぼけた頭で部屋を見渡して名前を呼ぼうと口を開く。けれど、声が放たれる前に気付くんだ。


どこにも、透馬がいないって。


使い古しのスリッパも、お気に入りのコップも、面倒がってシンクに置かれた歯ブラシも。全部。なにもかも。


見慣れた部屋からなくなっている。まるではじめから、透馬なんて存在はいなかったみたいに。

瞬く間に押し寄せる恐怖は声にならない。取り残された自分は、ひとりぼっちになったのだと、愕然とした所で視界は暗転する。


「−−っ!!」


ぶわっと意識が浮上する。早朝の薄明かりに包まれた天井を凝視して、慌てて隣を見やれば、そこには気持ちよさそうに眠る透馬の寝顔がある。
張りつめていた息をゆっくり吐き出す。起こしてしまわないように、そろりと寝返りを打ち、透馬の頬をなぞる。
確かに存在している温かさに、目が熱くなっていく。

大丈夫だ。透馬はちゃんとここにいる。もう、いなくなったりしない。俺を置いていったりしないんだ。俺の傍に、戻ってきてくれたんだから。

一筋流れた涙をパジャマで拭う。そのまま腕の中に潜り込み、息を吸えば馴染んだ香りに胸が満たされた。


「んー……はる、?」


どうやら起こしてしまったようだ。寝起きの目覚めがすこぶる悪い透馬には、まだ夢の中半分だろう。かわいそうだからもうちょっと寝かせてあげるか。


「ごめん。まだ寝てていいから」


「ぅう…いま、何時…?」


「五時。な、もっかい寝よ」


「んんー……」


すり寄った俺を抱きしめ直しつつ、透馬は唸る。そういう所は大学時代から変わらなくて、つい笑ってしまう。
すると、振動で笑ったのが分かったらしく、目を細めながら俺の顔を覗き込んできた。


「……笑った?」


「ううん。まったく」


少しの間、見つめ合う。吹き出しそうになるのを我慢してにらめっこすれば、透馬は眉間の皺を増やした。


「………嘘だな」


「うん、嘘」


もう無理だ。俺がくすくす笑えば、透馬は嘘つきめ、とぎゅうぎゅう抱きしめる力を強める。穏やかな時間に止まったはずの涙が滲む。小さく鼻を啜ると、俺の頭に顔を埋めたまま透馬が囁く。


「…春、泣いてんの」


「っ、泣いてない」


何の誤魔化しにもならない。だけど否定せずにはいられないんだ。仕方ないだろ察しろ馬鹿。


「…嘘つきめ」


意地っ張りな俺にそう言って、透馬は身体を撫でて慰めてくれる。手の平の優しい感触に堪らなく安心した。どれくらいか、静かな時間が流れて、不意に透馬が静寂を破る。


「春はいくつになっても可愛いよなぁ…」


「…ばかやろ」


突然何を言い出すかと思えば、成人を超えた男を可愛いとは何事だ。まだ寝ぼけてんのか?


「馬鹿じゃねえし。泣きながら抱きつくとかもうダメだろー。可愛すぎ」


「っ…泣いてないって言ってんだろ」


「あー、その見え透いた嘘つくとこも可愛い」


「…っ…」


段々、恥ずかしさで居たたまれなくなってきた。顔を上げることも、否定することも出来ないまま唸る。透馬は赤くなっているだろう俺の耳に髪を引っ掛けていく。よりクリアに聞こえる声が甘ったるく感じるのは気のせいだろうか。


「俺はさ。春がいなきゃ何も出来ねーし、する気も起きねーダメな奴だから」


柔らかい声が耳を擽る。


「もう二度と、春の傍から離れたりしないよ。つか、離れるとか無理。絶対無理」


今度こそ死んじまう、と囁く透馬の言葉は俺を甘やかす。こういう所はいつも適わないって思う。透馬は、昔も今も、素直な気持ちを俺に伝えてくれるんだ。不安にならないように、笑っていられるように。

だから、俺も伝えなくちゃ。ちゃんと、自分の気持ちを。透馬が大切なんだって、意地なんか張らずに。


「…だめじゃない」


「あ?」


「透馬はだめな奴じゃないよ。俺だって…透馬がいなくちゃ何も出来ねーから」


顔を上げて、しっかり目を見て伝える。俺の言葉に瞠目した後、透馬は相好を崩して微笑む。つられて俺もはにかめば、ちゅっとキス一つ。


「だったら、ずっと一緒にいなきゃな」


「おう。もう離してやんないし」


ふざけてそう口にすれば、またキスが降ってきた。今度は唇をはむはむされる。俺も唇を吸ったり甘噛みしたりして応える。お互いの息が荒くなった所で唇を離して小休止。
目を閉じ、人肌の心地よさに酔いしれる。すると、もう一度唇をはまれた。目蓋を開き、透馬を見つめる。


「…透馬」


「ん?」


「腹減ったんだろ」


「あ、バレた?」


仕方ない。朝ご飯を作るのは俺の担当だ。一つ、笑みを零してわかったと頷けば、嬉しそうに朝食のリクエストをしてくる透馬。
とりあえず、恋人のために朝食を作りますか、とベッドから起き上がり、見渡す部屋には暖かな木漏れ日が差し込んでいる。


とても、幸せな光景だった。







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あきゅろす。
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