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はんしんふずい。
春雨
春は、雨の中をただ歩いていた。




透馬が重い腰を上げてから三日。
不良時代から連んでいた斉藤はもやもやとした安心感を抱えていた。親友とも言える透馬が死ぬかもしれないと言われた時は質の悪い冗談だ、なんて笑ったものだけれど。
冗談であって欲しかった、今はそればかり思う。見込みのない手術だとしても可能性があるなら、そう考え透馬を送り出した。これで良かったんだ。時間は待ってちゃくれない。例え、誰かが傷ついたって、死ぬより恐ろしいことはないのだから。


斉藤はチームが解散するまで溜まり場にしていた喫茶店のカウンターに座り、思いを馳せる。最近までよく透馬と二人、肩を並べていたことを。
不意にカランっ、ドアベルがなる。何気なく視線を向ければそこには雨でびしょ濡れになった春が立っていた。


慌てて斉藤が駆け寄れば、春は緩慢な動きで顔を上げる。


「…斉藤…?」


「どうしたんだっこんなに濡れて!…如月、タオル!今すぐ」


店の奥から現れたエプロン姿の大男は頷き裏方に消える。如月と呼ばれた男はやはり斉藤と同じく透馬の昔馴染みだ。
数分も待たずして戻ってきた如月からタオルを受け取り、春の頭を拭く。されるがまま微動だにしない親友の恋人に嫌な予感がする。
もしや、気付いたのだろうか。透馬がいなくなった理由を、ここに訪ねて来たのだろうか。
斉藤と如月は視線を交わし、お互い顔を歪めた。春が納得するような理由は言えそうもない。そんな都合のいい答えなど自分たちはもっていないのだ。

二人がどうすればいいか頭を悩ませていれば、ずっと押し黙ったままの春が口を開いた。


「………いないんだ」



ぽつり、普段からは想像もできないほどか細い声が呟く。


「アパートに行ったら…荷物無くなってて……大家さんに聞いたら、出て行ったって、」


「春…」


二人は理由を知っている。何故、透馬がいなくなったのか。けれどそれを伝えることは出来ない。何も言わない斉藤たちに春は続ける。ただ、訳がわからなくて。


「携帯も繋がんないし、学校にもいないんだ……おかしいだろ?つい最近まで、会ってたのに」


春は雨が染みて濡れてしまったタオルを握りしめる。
わからない。わかりたくもない。導き出される答えを認めたくなんかない。
透馬はいる。絶対に。なんかの間違いなんだよ。こんなの、絶対。


涙は流れない。悲しいのかも、わからない。ただ、何も信じられなくなってる。だってみんな、おかしい。
透馬がどこにも、いないなんて言うんだから。


「俺、パニックになっちゃってさ。ほんと馬鹿なんだけど、大学の受付に押し掛けてまで聞いたんだぜ?…透馬はどこですか、…って」


言われた言葉を思い出し、春は首を振る。いやいやする小さな言葉のように、力ない動作を繰り返す。


「…そしたら、なんて言われたと思う?これがもう傑作っつーか、笑えない笑えない。透馬が大学、やめたとか……!!」


ある訳ない。透馬が大学をやめるだなんて、自分の傍からいなくなるなんて。考えたくないよ。これが現実だったら俺はどうなるんだ。どうすりゃいいんだよ透馬。


ガタカダ震えだしてうずくまる春に、斉藤と如月はすべての言葉を失い戦いた。自分たちがしたことは、恐らく正しかった。親友の、考えたくはないが遺言になるかもしれない頼みを聞いた。守ったのだ。恋人を傷つけたくない、どうせ傷つけるなら自分に手酷く捨てられたことにしたいという透馬の気持ちを優先した。
死ぬ、という言葉で恋人を縛り付けたくないと言った透馬の苦悩は自分には計り知れないものだったから。

けれど、それは正しかったのか。今、自分たちの前で泣きもせず、怒りもせず、ただ絶望と恐怖に打ちのめされて力を無くしている春の姿は想像を絶するものだ。
こんなに、春は透馬を必要としていたのか。

愛して、いたのか。

斉藤はしゃがみ込んで、うずくまる春を力いっぱい抱きしめる。


「…斉藤っ…嘘だよな?透馬は、いなくなったり、しないだろ…?俺を……置いてく…なんて…」


「っ…!!」


「そんな、こと…どうして…な、んで……とうま…」


うなされたように喋る春の声は段々小さくなる。無意識なのかひし、と斉藤の服にしがみついている手から力が抜けていきくたり、と手が離れた。同時にぐったり力をなくした首は頭を支えていられるはずもなく不安定に揺れ、かろうじて引っかかっていたタオルは音もなく床に落ちて地面を濡らした。


「…っ!!…!!」


遠ざかる意識の中、斉藤と如月が自分の名前を呼んでいる気がするのに、ざあざあ降りしきる雨の音だけがやけに大きく響いて、呟いたつもりの言葉は空気を吐き出す音にしかならなった。


置いていかないで、透馬−−−。

















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