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はんしんふずい。
はんしんふずい。
お前は残酷だ。
半身を失い、これからどうやって生きていけばいいのか。俺には答えを出せないというのに。


『−どうなってんだこれ。あれ?もう撮ってる?』


真っ黒な画面がガタガタ揺れた。籠もった音声はノイズ混じりに懐かしい声を届ける。
よいしょ−−、男は後ろに数歩下がるとあらかじめ用意していたのだろう椅子に腰掛ける。現れた顔は目鼻立ちのはっきりした黒髪の栄える青年だ。それをTVの前に座り込み、見つめるもう一人の青年。リモコンを握る手に力がこもる音が聞こえた。微かに震える手をそのままにTVから目を離せない様子の彼を置いて、映像は再生されていく。


『うん。じゃあ仕切り直し、ってことで。……よお、春。久しぶり、は違うか』


「っ…」


彼は詰めていた息を吐き出す。男は前屈みで膝に肘をついて微笑む。穏やかに、優しく唇を弛ませる。画面からは他に音を聞き取ることが出来ないため、恐らくこのビデオの為に用意した部屋で撮影したのだろう。男は後頭部を掻くと口を開いた。


『これをお前が見てるってことは、多分、一年経ったってことなんだよな。……見てくれてたら、いいな。うん、嬉しいよ』


照れ笑いを浮かべカメラを見つめる眼差しは弱々しく、揺れる。そして下を向き、瞼が閉じられる。
見慣れたはずの顔は、今じゃ遠い別人のように感じられてしまう。嫌というほど思い出していた記憶の彼より少し痩せているからなのか。


『本当はさ…周りからすっげえ止められたんだ。こんなビデオメッセージっつうの?残すのはお前に酷だって。俺もそう思う。思うけど、やっぱわかっちゃうんだよ。きっと春は怒るんだろうな、って……』


TVにかじり付いて身動きしない彼−−、春は無表情のまま物音一つ立てずに凝視する。


『出来ることがあるんなら何でもいいからやれよ!ってお前がむちゃくちゃ怒る姿ばっか浮かぶんだよ。そんなの浮かんじまったらやるしかないじゃん?少しは見直しただろ俺のこと』


うん、と返事をするかのように春は首を縦に振る。画面の向こうの男もまるでそれを予期していたように、嬉しそうに笑って顔を上げる。


『一緒にいた時間はそんなに長くねえけど、間違ってない自信はあるんだ。このビデオを春が見て…最後には笑ってくれる。そう思えるから、今、喋ってる』

間違ってない、春は声を出さず呟く。確かに一緒に過ごした時間はさほど長くはない。短くもないが、言ってしまえばその程度の日々。けれど、沢山の思い出はある。今思えばそこまでしなくても、と言えるほど一緒に色んな場所へ行き、言葉を交わし、身体を重ねた。

どんなものでも半分こにして食べたし、お揃いの服やアクセサリー、マグカップまで買い込んだな、と春は何気なく想いを馳せる。

『本当はもっと早く…お前から離れるつもりだったんだ、最初は。…けど、出来なかった。もっと言うと、春に惚れたのも予定外だった、なんて言ったら怒るかなあ……春だし』


いたずらっ子の笑みを浮かべた男は途端に幼くなる。叱られるのも嬉しいと笑う、ただ構って欲しい大きな子供。そんな男が好きだった春は呆れたような苦笑を漏らす。愛しくて仕方がない、そんな表情で。


『でも捕まっちまったら仕方ないじゃん?俺からはもう離れらんないし、それならいっそ春を俺に惚れさせまくって、俺なしじゃ生きてけねえって言わせることにしたわけ。でもま、それも無理だったんだから情けねーんだけど……』


身体を起こし、背もたれにもたれる男は膝に置いた自分の手を見ているのか、視線は定まっていない。
どれくらい沈黙が流れただろう。ジーっと再生する機器の音しか聞こえない中、不意に音声が戻る。



『好きだった。お前のこと。めちゃくちゃ好きだった。つか、愛してた』


「!」



『いや、過去形じゃない。今でも好きだよ。すっげえ好きだし、愛してる。……今も…正直戦ってる。春に会いたくて…いっそのこと泣いて縋ればお前は俺を捨てないだろ、とか…馬鹿だよなあ』


うん、お前は馬鹿だ。
そんじょそこらの馬鹿とは比べ物にならない位の、大馬鹿者だ。
春は今にも口をついて出そうになる嗚咽を飲み込み心の中で悪態をつく。


『けどこんな俺でも、お前は好きだって言ってくれそうな気がするから、踏ん張れる。…やっぱり春にはかなわねーや』


力の抜けた笑みが眩しくて、ぼやける。
ゆっくりぼやけ、そして鮮明になる。繰り返し繰り返し、ぼやけては鮮明に。



『だからせめて、春が惚れた一番の男になりてえんだ。俺にとって春がそうだったように』



「っ…うん」


ぎこちなく頷く春の頬はきらきら光っている。何度も何度もきらきら光る。
男は瞳を愛おしそうに細め、微笑む。




『…春を置いて先に行っちまうけど、怒んなよ。怒るとお前マジで怖いから』


場違いなほど爽やかに笑い声が響く。
もう、嗚咽を我慢出来ない。



『怒って笑って泣いて生きろ。んで、もう腹一杯になったら俺ん所に来いよ。それまで、待っててやるから』



「っ…と、ぅ…っ…あああぁ…っ!!」



透馬、と春は愛しい人の名を呼ぶ。けれどそれは上手く言葉にならず、うずくまり赤子のようにただ泣きじゃくる。未だ再生されている画面には男が近づき、また真っ黒になった。そして少しの間物音をさせ、ぶつりと切れる。
しん、とした部屋には引きつる春の呻き声と力なく床を叩く物悲しい音が響く。

終了したビデオに気付くこともなく、春は身体を震わせる。馬鹿野郎。どうして泣いて縋ってくれなかったのか。そうすればほんの少しでも長く側にいられたのに。

俺も好きだったよ。めちゃくちゃ好きだった。愛してたんだよ。ううん、今も透馬が好きだよ。愛してるんだよ。


馬鹿野郎くらい、言わせてくれたっていいじゃないか。


「う、っ…さよっなら…くら、ぃ…言わせろよぉ…っっ!!」






TVの前にみっともなくうずくまり、春は泣いた。透馬がいなくなって一年後の今日、薄々感じていたことが現実になってしまった。


突然、何も言わず消えた恋人。
置き手紙も、留守録のメッセージも、春には残されなかった。

ただ、透馬と過ごした思い出と、お揃いで買った思い出の品々の片割れだけが残された。
透馬は春の世界から消えた。



つい数日前に愛を囁きあった人は、別れの言葉さえ用意してはくれなかったのだ。春は呆然とするしかなくて、泣くことも詰って罵倒することも出来ないまま漫然と日々を過ごした。直視してしまったら今まで築いてきた透馬とのすべてが足元から崩れてしまうのではないか、そんな恐怖にいつまでも目を逸らし続けてきたのだ。


忘れられる訳がない。
嫌いになれる訳もない。

現状、何も告げず捨てられて、自分を愛していたのかも定かではなくなった今でさえ、そう思う自分がいる。それほどまでに彼を愛していた。

だからなのか、心の片隅で透馬には自分に言えない何かがあったのでは−−、そう考えるまで時間はかからなかった。
そしてそれは現実のものとなってしまった。
彼はいない。自分の隣にも、この世からも。

いなくなってしまったのだ。春を一人、置いてけぼりにして。





お前は残酷だ。
大馬鹿野郎だ。

とっくの昔にお前は一番の男だったんだから、そんな、置いていくなら格好つけるなよ。


今すぐにでも馬鹿野郎!って怒鳴りに行きたくなるじゃないか。




透馬、お前は本当に残酷だよ。



半身であるお前を失って、これから俺はどうやって生きていけばいいのか。




答えなんて、出せない。
多分、一生。


出せやしないというのに。





本当、残酷だ。













だいすきだばかやろう
(愛しい君じゃなきゃ/どうか綺麗な思い出に)









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あきゅろす。
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