ボンボンちょこれぇと
2
だからだと思う。
降り続ける雨の中、早く参考書を買いに行こうと裏門を通った時見覚えのあるそれを見つけて足が止まった。
学校からそれほど離れていない場所にある公園の脇、木や花壇に隠れてバイクが置かれていた。
もしや、と近付けばそれは案の定篠先輩のバイクだった。どれくらいこの場所に置かれているのか、バイクはびしょ濡れで持ち主の姿もない。
「どうしよう…」
このまま立ち去るのも気が引けて、でもだからといって何かが出来る訳じゃない。けれどなんだかそのままにしておくのが忍びなく感じられて。
雨は変わらず降り続いていて止む気配もなくて、俺はじっとバイクを見つめる。
今篠先輩がどこにいるかわかんないし…もしかしたらまだ学校なのかな?
バイクが濡れてるからって大したことじゃないかもしれないけど。
…でも。
バイクの話をしていた篠先輩が浮かんで、俺は一人頷いた。
鞄からタオルを出して座席を吹き、気休めでしかないけれど自分の傘をバイクに立てかけた。参考書はまた今度買いに行けばいい。
傘を立てかけたのは自分の自己満足だし、篠先輩が傘を見て邪魔なら捨てるだろうと考えて俺は傘がずれないか確認すると走って家に帰った。
びしょ濡れになりながらも俺は雨に濡れていないバイクを思い出し、ほかほかする胸を感じて微笑みを浮かべた。
次の日、恒例になりつつある昼ご飯お誘いメールで溜まり場にやってきた。毎回毎回ここの扉を開ける時はどきどきする。もちろん怖くて。
「…し、失礼します……」
そろり、中を覗くとこの間のツーリングメンバーが揃っている。篠先輩は俺を見て笑顔で手招く。
「早く入ってこいよ」
「は、はい。お邪魔します」
各々パンや弁当を広げてご飯を食べているのを見ると、不良は案外規則正しい生活してんだなーと思ってしまう。授業に出てなかったりするのに食事は規則正しいとか不思議だ。
篠先輩の隣に座りご飯を食べようと弁当を広げれば、メンバーの一人が口を開く。
「しっかし、誰なんすかねー。傘の持ち主って」
傘、という言葉に箸を持つ手が止まる。
「そうだよなあ。篠さん、心当たりとかないんですか?」
別の不良が問いかけるが、篠先輩は首を横に振り否定する。
「ねぇって。あんならさっさと返しに行ってるっての」
篠先輩の言葉になんだか心臓がどきどきしてきた。え、これってもしかして。もしかしなくても、あれ?
「あの…なんの話ですか?傘とか…、」
ちょっと緊張しながら隣に座る篠先輩に問いかける。
「ん?ああ、昨日雨降ってただろ?」
「はい、すごい雨でしたよね」
「俺、んなに雨降ると思ってなくてな。路上にバイク止めてたもんだから、慌てて様子見に行ったら見たこともねぇ傘が立てかけてあったんだよ」
それを聞いて傘のこと話していたんだと確信した。あ、余計どきどきしてきた。
篠先輩の表情からは何も読み取れない。次に何を言われるのか不安で見つめていると部屋の隅を顎で示す。
「持ち主に返したくて持ってきたんだけど…難しいよなって話」
微笑む篠先輩に胸がきゅうっと甘く疼く。
示された場所には俺の傘が立てかけてあり、話からして悪い方には取られてないようで安心した。うざいとかキモいとか思われたら立ち直れない所だったよ、俺。
「でもバイクに傘なんてヤバいっす。俺だったら傘の持ち主にまじ惚れるわ」
「あー、わかるわかる」
「篠さんはいいですよね、バイクまでモテモテで!」
「言ってろ馬鹿」
篠先輩の言葉にほっとしたのもつかの間、みんなの会話に顔が熱くなってくる。
ど、ど、どうしよう。
あの傘、俺のとか言えない。言えるような雰囲気じゃない。恥ずかしすぎる。
そりゃ、好意的に思ってくれたんなら嬉しいけど…なんか今になって恥ずかしくなってきた。
俯いて弁当をつつき、もそもそご飯を口に運んでいればメンバーの一人が俺の異変に気付いた。
「相原、どったの?なんかいつもより元気なくね?」
「えっ…そ、そうかな」
どぎまぎしつつもなんとか誤魔化す。ここでもし傘のことがバレたら兎に角いたたまれない。いたたまれなさすぎる。
「んー…あ!もしかして相原、篠さんに傘上げた奴に妬いてんの?」
「…は、?」
全くもって予想外過ぎる言葉に全然反応出来なかった。固まった俺に、図星を刺されたと勘違いした周りがニヤニヤし出す。
「そうだよなあ。篠さんがモテモテだと心配かー」
「しかもバイクに傘上げちゃう子だぜ?篠さんがぐらっときてもおかしくねえし」
「そりゃあ面白くねーよなぁ?」
口々に勝手なことを言われ、かっと頬が熱くなる。わなわな震える手から箸が落ちた。
や、妬くとかなんだそれ、なんだそれ!!意味わかんないし!
「や、妬いてなんかないよ!!」
「えー、嘘だあ。どもってんじゃん」
「どもっ…それは否定しないけど!妬く理由なんてないし!!」
「ほんとにぃ?」
「ないよ!なんで自分に妬いたりすんのさ!!」
叫んだ後、はっとする。
とっさに口を押さえるけれど時すでに遅し。
はやし立てていたみんなはきょとんとして俺を見つめ、今までずっと黙っていた篠先輩が沈黙を破り呟く。
「あの傘…星のなのか?」
「っ…あ、あの…その……はい」
頷き、速攻で膝に顔を埋める。
ああもう俺何してんの自分でバラすなんて!!
羞恥で一人静かに悶絶していると、堰を切ったようにみんなが喋りだした。
「なんだよー、傘の持ち主って相原なのかよー」
「うわあ、熱いっす。めっちゃ熱いっす」
「んじゃあ、傘の持ち主もわかった所でお邪魔虫はさっさと退散しまーす」
身体を起こせば、そう言ってみんながいなくなる。すると横から強い力で引っ張られ、いきなりのことにあたふたしている俺の耳に篠先輩は唇を寄せる。
「ありがとな、星……すっげぇ嬉しいよ」
「……篠先輩が、嬉しいなら、いいです」
横から抱きしめられ篠先輩の香りに包まれる。くらくらする頭を必死に働かせ蚊の鳴くような声で答えた。
縮こまって赤面している俺がおかしいのか篠先輩は抱きしめたまま吐息を零す。
すぐ側から聞こえる笑い声に肩を竦めつつ篠先輩が喜んでくれて良かったと、俺も密かに胸をなで下ろし喜んでいたのは内緒。
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