ボンボンちょこれぇと
その後のふたり。
気持ちよく眠っていた俺は身じろぎが出来ない居心地の悪さにゆっくりと目蓋を開いた。
半覚醒の頭で、自分がなにか暖かくて大きなものに抱きついているのがわかる。何だろうと顔を上げて見たものは俺を硬直させるのに十分だった。
な、な、なん、なんで俺、篠修平に抱き付いて寝てんのー!?
け、怪我してないよな。うん、痛い所はない。
篠修平と言ったらここの生徒なら誰でも知っている不良だ。どうして抱き付いたまま眠っていたのかはまったくわからないが、ボコられなかっただけ奇跡というもの。
恐る恐る見つめる篠修平は、目覚める気配もなく穏やかにそりゃあもう穏やかに眠っている。
間近で見た篠修平はやっぱりと言うかなんと言うか、見惚れるほど格好良かった。
しかし。学校一恐れられている不良の腕の中で安心出来るほど俺は図太くもKYでもない!断じて違う!
ぶっちゃける事もなく怖い!怖いよ!助けて誰か!!
俺がこの状況と恐怖に耐えていると、篠修平が動いた。
「ぅわ…っ」
「んー……」
座り心地が悪かったらしくもぞもぞと腰を動かす。そのせいで俺の腰に回っていた腕も引き寄せるように動いた。結果、余計密着。
「!!」
「…ん…」
起きるかとも思ったが、篠修平はそのまままた夢の世界へ。取り残された俺、泣きそう。
どうすればいいんだ。
このままなんて冗談じゃない。
けど起こしたら、てめぇ覚悟出来てんだろうなぁ…的なリ・ン・チ!に合わない保証もない。絶対ない。うぅ、俺がなんかしたの。
自分の運命を呪いつつ、篠修平の肩に頭を預けた時あるものに気が付いた。俺の肩に掛かっている学ランだ。
「?……あ、」
そっと裾を持ち上げてサイズの違いに合点がいった。すっぽり俺を覆い隠してしまうそれは、今目の前ですやすや寝こけている篠修平のものだと。
…百歩譲って。
この学ランを掛けてくれたのは篠修平で、俺が寒くないようにしてくれたんだとしたら。
「……いい人、だよな」
見かけはすこぶる不良だが、この状況を考えるに、多分、考えたくないが多分、抱き付いて眠った俺の面倒を見てくれた…?
だって篠修平から抱き付くとか有り得ないし。俺、酔ってたもんな。俺がなんかしたとしか思えない。
って、余計ダメじゃんー!!
俺みたいな平凡な一般ピーポーが篠修平になんかやったんだとしたら殺される。何が何でも殺される。
俺、まだ死にたくないよ……。
なんて俺がぐるぐる考え込んでいるとふいにすぐ傍にある扉の開かれる音が聞こえた。
「………」
「っっ……!」
横を見上げれば俺を見下ろす不良が一人。赤茶色に染めた髪を肩まで伸ばし、ワックスでゆるふわヘアーに纏めた、高校生とは思えない甘いフェイスを持つ美形の鏡とも言える不良。
さあっと血の気が引いていく。
俺は知っている。
自分を見つめている人物が誰なのか。
た、確か、篠修平と互角って噂の不良グループのリーダーだよなっ……?
名前は…黒田尚。
「お前……なんで修平と抱き合ってんの?」
「え?あっ…!?」
またしても不良の登場に頭が真っ白だった俺は指摘されてはじめて自分の格好を思い出した。
しかし暴れる訳にもいかず、ただただ恐怖と逃げたしたい気持ちでパニックだ。
そんな俺を見た黒田尚は何を思ったのか、近付いてきて篠修平の頭をいきなり叩いた。
「っ……いってぇ」
「とっとと起きろボケ」
もう、俺は目の前を凝視するしかない。
あの、不良で恐れられている篠修平を叩くなんて、これは現実だろうか。夢だったら早く覚めて今すぐ覚めるならなんでもするから。
「…あ?んだよ、尚か」
「悪かったな、俺で。つか説明しろ。今すぐ」
「は?説明?」
「お前馬鹿?この状況で説明つったらコイツのことしかないだろうが」
「コイツ?」
「ひっ…!!」
さっきまで空気みたいに膝の上で固まっていた俺を二人が一斉に見た。なんの感情も浮かべていない二人に見つめられ、冷や汗が流れる。
内臓には氷を丸ごと食べたような冷たさが広がる。
何をされるんだろう。
先の見えない恐怖にこれからされるだろう様々な暴力を想像し、さらに血の気が引いていく。
恐怖でカタカタ震えだす身体。はくはくと空気を求める口が荒い息を吐き出す。
「?…おい、」
「っ!!!」
篠修平に声をかけられ混乱がピークにまで達し、俺はとっさに目蓋をぎゅうっと閉じ篠修平の服を掴んだ。
頭にあるのはただ恐怖で。
怖い怖い怖い怖い。
それだけだった。
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