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エミリーがげんなりした理由は、カルヴィオラにがっかりしたからという事もあるが、他にもある。
「フィオナ様、失礼いたします。エミリーでございます」
エミリーが外から声を掛けると、中から幼く細い声が聞こえてくる。
「入りなさい」
エミリーは、フィオナの部屋の重厚な扉を開けて中に入る。
フィオナの部屋は、初めて足を踏み入れた者なら誰でも驚くどころか不気味に思いそうな程ファンシーな部屋だった。
このファンシーな部屋はフィオナの趣味ではなかった。父・カルヴィオラの趣味である。フィオナの生誕とほぼ同時にフィオナに与えられた部屋なので、フィオナはこの異常なほどのファンシーな部屋に何の違和感も抱くことなく過ごしてきたらしい。
このファンシーな部屋の持ち主であるフィオナは、部屋の中央でこれまた父に買い与えられたパズルで遊んでいた。
白い無地のパズルである。4000ピースだ。しかしフィオナはこれを、真ん中の方から順調にはめていった。
「フィオナ様。エミリー・ローバートです。陛下が、フィオナ様がずっと部屋に篭りっきりである事を気に掛けていましたよ。たまには、外に出ないと……」
「そうですか。父上の言いつけならば、貴方と出かけるのも仕方ありませんね」
フィオナは、感情のこもらない声で言った。
フィオナは、年齢の割に元々あまり愛想の良くない子供である。それに加え、エミリーに対しては何が気に喰わないのか、尚更に冷淡な対応をする事が多かった。
カルヴィオラに言いつけられた時にエミリーがげんなりした主な理由は、これである。
「何をぼやぼやとしているのです、エミリー。早く扉を開けなさい」
……子供とは、こんなに可愛くない生き物だっただろうか。エミリーは、内心深く溜息を吐いた。
フィオナを引き連れて城を出たところで、エミリー達はエミリーの旧友であるメアリーとすれ違った。
メアリーは、エミリーとフィオナの姿を目にすると、柔和な笑みを浮かべた。
「これはフィオナ様。本日もお元気そうでなによりです」
メアリーは、若干ツンケンしているエミリーとは違って穏やかな性格であり、メアリーの穏やかさはその顔にも滲み出ていた。
そんなメアリーだが、なんと彼女はエルミナ共和国陸軍の尉官の称号を持っていた。
まぁそうはいうものの、誰もが平和ボケするくらい平和なエルミナ共和国の事だから、あまり取り立てて仕事に駆り出される事はないそうだが。
「メアリーは、今までどこへ行っていたのかしら?」
「あの人の所よ。うふふ」
あの人。それだけで、エミリーはそれが誰なのかを悟った。
メアリーには、超エリートの婚約者がいるのである。籍を入れるのももう目前とのこと。
「そう、それで?どうだったの?」
「いつも通り、行きつけの喫茶店で話をして帰ってきたわ。彼の猫が五匹子供を産んだんですって」
幸せそうにそう言うメアリーには、陸軍尉官の面影は見えなかった。ただの、一人の女。エミリーの目には、そのように見えた。
「じゃあね、メアリー。私は、これからフィオナ様とお出かけだから」
「そうね、引き止めてごめんなさい。それではフィオナ様、ごきげんよう」
そう言ってぺこりと頭を下げると、メアリーは城の門をくぐって城の中へ消えていった。
全く羨ましいものだ、とエミリーは溜息を吐いた。
エミリーにだって恋人がいた事はある。しかし、エミリーの怠慢な性格が災いしてか、長続きしたためしがない。
だが、メアリーを羨ましいと思う反面、友人の結婚を心から祝う気持ちもちゃんとあった。
「……あ、フィオナ様ごめんなさい、引き止めてしまって」
「エミリー」
「はい、フィオナ様?」
フィオナが、くすんだ青い瞳を揺らしながら淡々と口を開いた。
「エルミナ人がレインボーベル王国で物騒な事件を起こします。調べる事をお勧めしますよ」
フィオナがなにやら不気味な事を呟いた。慣れていない人なら不気味に思うだろうが、エミリーは生憎慣れっこだった。
エミリーにとって、フィオナは少し理解しがたい所があった。普段からあまり口を聞かないフィオナがたまに口を開くと、意味のわからない事を口走る。
この前散歩に行った時には、道急ぐ少女に「そこで三秒ほど止まってから進む事をお勧めします」などと声を掛けていた。当然少女は怪訝そうな顔をしながらも、王女の言う事だからと大人しく従って走り去って行ったのだが。あの時のフィオナの言動はエミリーも未だによく理解できない。
「……そうですか。わかりました、フィオナ様」
「……貴方のそういう所が嫌いです」
……罵倒された。意味がわからない。
……まぁ、普段の言動のせいで余り年相応には思えないものの、フィオナは11歳の子供だ。子供特有の遊びだと思えば間違いないだろう。エミリーは、そう一人で納得した。
後に時代にうねりを生み出す事となる、レインボーベル王国のとある宮殿がエルミナ人爆破され聖剣が盗み出されるという事件が起こる二日前の出来事であった。
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