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これは、シャル達の住んでいるルーンの村とは離れた、エルミナ共和国中枢での出来事である。
エルミナ共和国の首都マランゼアは、隣国のレインボーベル王国の首都ヴィッテほど大きな建物が建ち並んでいるわけではなかったが、中世の文化的な建物がいくつも建ち並んでいた。
マランゼア王宮にある、マランゼア共和国技術開発部長の私室に、二つの人影があった。
一つは、この城の使用人の一人のものである。そしてもう一つは、技術開発部長・エミリーのものであったどちらも、年若い女である。
で、だ。何故技術開発部長の部屋に使用人の女がいるのかというと、国王陛下に命じられてエミリーを呼びに来たからである。
しかし、女はすぐにはエミリーに声を掛けなかった。否、掛けられなかった。エミリーの部屋のあまりの散らかりように、唖然としていたからである。
「あ、あの、エミリーさん」
「……あら?貴方、いたの。いたのなら早く声をかけなさいよ」
エミリーは、向き合っていたコンピューターから目を離さないまま、女に応えた。
床には、書類の束が山積みになっている(既に処理済の書類やもう使わない紙などが殆どであり、2〜3年前からそこにありそうなものもある)。
山済みになりきれておらず散らかった書類の上には、丸まった紙屑がたくさん。
クローゼットにしまいきれずに放置されている衣服の数々。
……本当なら、さっさとエミリーに用事を伝えてしまって、この部屋から出たい。(散らかりすぎているので、余りにも体に悪そうな部屋だからである)
しかし、女がお人好しな性格であるからなのか、女は一言言わずにはいられなかった。
「し、下着が部屋に転がっているのはどうかと……」
「……………」
エミリーは、無様に転がっていた下着の数々を乱暴にクローゼットの引き出しの中にしまった。
「……それで?本題は?」
「し、失礼いたしました。国王陛下がお呼びです」
エミリーは露骨に嫌そうな顔をした。
いつも心底どうでもいい事で呼び出す事が多い上に二言目にはフィオナフィオナと(フィオナは国王の一人娘であり、この国の第一王女だ)やかましい国王陛下に、エミリーはうんざりしていた。
「……ちっ、あのハゲ…。わかった。すぐに行くわ」
「……かしこまりました」
エミリーがボソッと呟いたのを女はバッチリと聞いたのだが、敢えて女は気付かなかったふりをした。
うんざりしながらも、エミリーは王のいる謁見の前とやってきた。
王座には、60を過ぎているであろう高齢の国王が座っていた。先ほどのエミリーがハゲと呟いたとおり、国王の頭皮はうっすらと姿を見せていた。
エルミナ共和国21代目国王、カルヴィオラ・ベル・エルミナは、王座の下の方で跪くエミリーを見下ろした。
「よくぞ参った、エミリー。今回お前を呼んだのは、他でもない」
カルヴィオラは、一息吐いた。そして、再び口を開く。
「諜報部隊から、隣国のレインボーベル王国で何か不審な動きがあるという情報を得てな」
「レインボーベル王国で……」
反応しながらも、エミリーはカルヴィオラの口から思いの他まともな話が飛び出してきた事に安堵した。
レインボーベル王国。
エルミナ大陸の隣に位置するレインボーベル大陸全域を支配している王国だ。技術の発展が世界一進んだ国である。
そしてレインボーベル王国といえば、エミリーがかつて先進技術を学ぶ為に留学していた事もある。
「そうだ。何やら、新型兵器のようなものが関わっているらしくてな。しかもその内容がどうやら、レインボーベル王国に大きな損害をもたらす可能性があるらしい」
「……それはつまり、レインボーベル王国への反逆組織が新兵器の開発を行っている、という事でしょうか」
「いや、反逆組織というわけではない……筈だ。女神の生誕の時代からの、古き伝統のある組織の筈なのだが……」
女神生誕の時代からの、古き伝統のある組織。そう聞いて、エミリーは一つの組織が頭に浮かんだ。
女神フェニエス。創世の女神とも言われている。そして、その女神フェニエスを信仰するフェニエス教団は確かレインボーベル王国に総本山がある。
しかし女神は、争い事や不正を嫌う。そんな女神を信仰しているだけあって、フェニエス教団はあらゆる教団の中でも最も穏やかで誠実なものだと思っていたのだが……
「……私も聞いた事はあります。最近、フェニエス教の動きがおかしいと」
フェニエス教団には特に興味もなかったので、深くは調べていなかったけど。
「……そうだろうな。そこで、エミリー。お前に、頼みたい事がある」
「……新兵器についてですか」
「ああそうだ。諜報部と共に、新兵器についての情報を収集してくれ。……もしも、新兵器開発について、危険だと判断した場合は、即刻破壊してきてくれないか」
新兵器の破壊。どのような兵器なのかわからない為、迂闊に素人が手を出すのは危険だ。何しろ、兵器であるのだから。
実際にレインボーベル王国に行ってその技術力を身につけたエミリーにしかそんな芸当はできないだろう。
「はい、かしこまりました」
エミリーは、そう言ってカルヴィオラに頭を下げる。
「うむ。……それと、エミリー。もう一つ、頼みたい事があるのだが。先程の話よりも今はそちらを優先してほしい」
カルヴィオラは、先程よりも真剣な表情で続けた。
「はい、一体どのようなご用件でしょうか」
「フィオナが、ここ一週間も外に出ておらん。……可愛くておとなしい私のフィオナだが、さすがにそこまでいくと不健康な気がしてな。ちょいと、マランゼアの中フィオナを散歩させてきてくれないか」
「………わかりました」
……あんたはレインボーベル王国の新兵器よりもフィオナ女王の遊びの方が大切なのか。エミリーは、再びげんなりとしたような表情になった。
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