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 それらのやり取りを一通り終え、ようやく稽古が再開した。シャルは、遅刻した分のペナルティから始まった。
 その後、アレックスと何回か勝負をして(ちなみに2人の強さはおおよそ互角だった)、稽古は終わった。


「じゃあ、先生。さようなら」

「いいか、シャル。明日は遅刻をしないで、時間通りに来るのだぞ。お前はやる気がいまいち足りないから、いつまで経っても中々強くならないのだ。
 ……才能はまさに天性のものをもっているのにな、勿体無い」

「しつこいなぁ、その言葉は何度も聞いたよ」


 若干うんざりしたような顔をして言うシャルに、ハウェルは再び眉を顰めた。


「……そうか……どうやらお前にはまだ話し足りないようだな」

「いや、あの……本当すいませんでした。明日はちゃんと来ますんで、どうか昔話だけは勘弁してください」


 シャルは、ペナルティをくらった後に昔話をされるのだろうと思った。(尤も、ハウェルには昔話がペナルティだという認識はないのだが)
 明日は時間通りに行こう!そう心に決め、シャルとセリはハウェルの道場を後にした。

 シャル達が帰る頃には、辺りはすっかり暗くなっていた。街灯も何もないこの村では、それぞれの家にある蝋燭の門灯とやわらかい月明かりだけが辺りを照らしていた。
 静まり返った周囲に、不意にセリの声が響いた。


「……それにしても、勿体無いよね、兄ちゃんって」

「え?何が?」


 シャルが、きょとんとしたような目をセリに向ける。

 セリは、シャルの持ち前の運動神経も凄まじさを知っている。だから、シャルが真面目に稽古を積めば、アレックスでは正直目じゃないほど……否、ハウェルさえ超える事ができるに違いない。

 だから、勿体無いと思った。


「……ところでさ、兄ちゃん」

「ん?」

「兄ちゃんってさ、いつもどこにいるの?」

「ああ……」


 シャルは、セリの問い掛けに一瞬言葉を濁した。


「……心配しないでよ、別に先生やアレックスに告げ口するつもりじゃないんだよ」

「……本当か?」


 なんとなく疑り深そうに問うシャルに、セリは強く頷いた。別にセリはハウェル達に告げ口したいわけではない。ただ、恋……じゃなくて、愛する兄の居場所を純粋に知りたかった。
 そんなセリに安心したシャルは、静かな声で言った。


「ヒマワリ畑だよ」

「ヒマワリ畑?」

「ああ。この村を北から出て、森の中の茂みひたすら突き進んでたどり着いた、海沿いにある」


 村から結構離れた場所にあるので、恐らくセリは知らないだろう、なんていったって道中では頻繁に大型の獣に出会す。


「……セリはくれぐれも、1人で来たりするなよ?お前は戦えない上に運動音痴なんだから」

「……わかってるよ。その代わり、今度オレも連れて行ってくれる?」


 セリの言葉に一瞬シャルは困ったような顔をしたが、喋ってしまったのなら仕方ない。
 街の外の獣は強いが、シャルもセリを守りながら戦うには十分な強さだった。シャルとてそれくらいはわかる。


「……ああ、わかった。約束な」

「うん、約束ね」


 シャルとセリは、小さな約束を交わし……星屑が散らばる夜空を仰いだ。








「……アレックス。お前が村を出ていた二週間……なにか、変わった事はあったか」

「まあね、先生」


 ハウェルとアレックスは、向かい合って食事を取っていた。


「ふむ。しかし、連絡のとれない状態で二週間というものはいかんな、シャルも心配しておった」


 この二人の会話の内容からわかる通り……アレックスは一昨日までの二週間、ルーンを囲うルーン山岳を越えて外の世界にいたのだ。


「……それもまあ、仕方ないだろ。外部と連絡を取るのが困難な事が、この村が孤立している原因だろうしな」

「まあ、違わんな」


 アレックスの物言いに苦笑するハウェル。


「ところで……ルーン山岳はどうだった。あの時と比べて」

「あの時?」

「お前が、この村に初めてやってきたあの時だ」

「ああ、あの時の……。心配しなくても、あの時の俺とは違うさ、山岳を越える事くらいどうって事なかったよ」


 アレックスは、元々はこの村の人間ではなかった。12歳の時、一人この村に現れたのだ。どこから来たのかは、わからない。アレックスが自分から話さない限りは無理には聞かないようにしていた。


「あの時は村の外れで倒れていて大型の獣に食われそうになっていたお前を、シャルが助けたのだったな」

「シャルがいなかったら、きっと今の俺はない。シャルには、感謝してもしきれないよ」


 アレックスは、当時の事を思い出して懐かしむように言った。


「……ごちそうさまでした。今日は早めに寝る事にするよ」

「うむ、そうか」


 アレックスは食器を片付けると、早々に部屋に籠もってしまった。


「……帰ってきて早々に稽古三昧で、疲れが溜まっているのかの。」


 アレックスの様子を見たハウェルは、そう思い、明日のアレックスの稽古は軽めにしておき、その分シャルを存分に扱こうと考えていた。




 部屋に籠もっていたアレックスは、ハウェルやシャルに見せていた以上にドッと疲れたような表情をしていた。


「ああ、クソ……今頃、奴らは大騒ぎだよな……こんなに大きな騒ぎは起こすつもりなんかなかったのにな」


 そう呟きながら……アレックスは、自分に割り当てられた部屋のベッドの板を、ぐいっと外す。そこには、ある物が入っていた。
 アレックスが帰ってきてから誰にもばれないように隠していた"それ"をスッと撫で、アレックスは目を細めた。

 ───あいつの為なら、このくらい、どうって事ない。

 アレックスは、"それ"を再び隠し、静かに眠りについた。

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あきゅろす。
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