13
汽笛の音が、広い草原に響き渡った。
一面の緑色の草原を、汽車がスピードを上げて横切る。
シャルは、汽車の窓から広い草原を見渡していた。
「すごいな、こんなでかい鉄の塊が走るなんて……」
シャルは、生まれて初めて見る機関車に感動していた。
「この機関車は魔動性の機関車。魔力で動かしているのよ」
「そうなのか?」
「昔は、石炭を燃やして走らせる蒸気機関車が主流だったのよ。だけど、資源の枯渇や環境破壊が問題になってから、魔力で走らせる機関車が主流になったの。おかげで、環境への影響はほとんどないのよ。
汽笛や煙は、雰囲気を出すためだけに魔法で出してるの。魔力でできた無害な煙だから安心して」
「……?
よくわからないけど、そっか」
エアリーが得意げに語った蘊蓄はシャルには難しすぎて全く理解できなかったので、シャルは適当に頷いた。もう一度説明を受けるのは面倒だと思ったのだ。
機関車の中は、見た目より広かった。魔法で中の空間を広げているのだとしたら、すごい技術だ。シャルは、感心しながら辺りを見渡す。
機関車の中には、レインボーベル王国の端から端まで長旅をする人に向けて、レストランやベッドルームがあった。
その時。
───グルルルルル……
車内に、獣の唸り声のような低い音が響いた。
突如響いた唸り声に、乗客達が恐れおののいた。そして、エアリーが警戒したように席を立ち上がる。
「……シャル、この汽車……中に獣が紛れ込んでいるみたいよ!気をつけて!」
「え?」
急に空気が変わった車内に、シャルは不思議そうに周りを見渡した。
……だが、獣の気配は感じられない。本当に獣がいるのだろうか?
───グルルルルル……
再び、車内に低い唸り声が響いた。
……だが、二度目の唸り声が聞こえてきた途端、シャルにはその唸り声の正体がわかってしまった。
そして、同時にどうしようもなく恥ずかしくなり、顔を真っ赤にして俯いた。
「……あの、エアリー……ごめん」
「なによ、シャル。どうしたの?」
「……それ、唸り声じゃなくて……」
───グルルルルル……
唸り声のような音は、静まり返るもう一度響き渡った。今度は、はっきりと聞こえてきた。
その音は、シャルの方から聞こえていた。
「そ、それ……俺の、腹の虫なんだ……俺、長いこと満足に飯食ってなかったから……腹減って……はは……」
───グルルルルル……
低い唸り声が、シャルの腹から聞こえてきた。
エアリーは、呆気に取られたようにシャルを見た。
───あんたの腹には、虫じゃなくて魔物でも住み着いてるんじゃないの?
エアリーは、思わず苦笑いしながらシャルを見た。
周りの乗客は、獣が紛れ込んでいたわけではない事に安堵しつつも、シャルの大袈裟な腹の虫に思わず笑いを堪えていた。
「お客様、何かおやつはいかがですか?」
車内販売員のお姉さんが、にっこりと微笑みながらシャルの元へきた。
「欲しいな。あ、でもお金がないや……」
「いいわよ、シャル。私が買ってあげるから」
エアリーが、財布を取り出しながら言った。
女神の騎士団に捕まって逃げ出した後、シャルを助けに来る前に探し回り、取り返したようだ。
しかし、財布を取り出そうとしたエアリーに、車内販売員は「いいですよ」と言って柔らかに微笑んだ。
「その服装……エルミナ共和国から来たの?」
「え?あ、うん」
「レインボーベル王国は初めて?」
「うん、初めて」
「そう。レインボーベル王国に来てくれて、ありがとう。ようこそ、レインボーベル王国へ」
そう言うと、販売員はにっこりと微笑み、ドーナツを2つシャルに差し出した。
「ありがとう、お姉さん!」
シャルは、まるで小さい子供のように嬉しそうに微笑み、ドーナツを受け取った。
「よかったじゃない」
嬉しそうなシャルを見て、エアリーが穏やかに微笑んだ。
「今はそれを食べてお腹を落ち着かせて……ヴィッテについたら、一旦どこかレストランにでも入る?お金なら私が出すわよ。その後の事は、その後に考えましょう」
「いいのか?」
「いいわよ。だってシャル、一銭もないでしょう?このままじゃ苦労するわよ」
「……あはは、よくわかってるな」
シャルは、エアリーの言葉に恥ずかしそうに頭を掻いた。エアリーの言う通り、シャルは一銭も持っていない。
逃げ出しても尚エアリーに頼らなければならない自分に、シャルは思わず恥ずかしくなった。
「じゃあ、エアリー。ドーナツ、2つあるから、1つエアリーにあげるよ」
「あら、いいわよ別に。お腹空いてるでしょう?それに、シャルが貰ったドーナツじゃないの」
「そうだけどさ、せっかく2つ貰ったんだし……美味しいものは2人で食べたいだろ?俺1人でなんて、なんか申し訳なくて食べられないよ」
「……ありがとう。じゃあ、遠慮なくいただくわね。レインボーベル王国の汽車のお菓子は美味しいって評判なのよ、実はちょっと食べてみたかったの」
そう言ってエアリーは、嬉しそうにシャルからドーナツを受け取った。その表情は、年相応の少女の物だった。
───エアリーも、こういう顔するんだな。
シャルは、なんとなく意外に思った。
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